三島実瀬と勝木亜美華の場合
校内最強と歌われる女子生徒がいた。
長い金髪を後ろで束ねた、いわゆる三つ編みハーフアップの特徴的な髪型で、目はキリッとつり上がっており、口はいつも真一文字に結ばれてるその少女の名は
「お、おい……
「相変わらず怖い顔だなぁ、食べられてしまいそうだ」
廊下前にて。
生徒達が勝木亜美華の話をしている。
僕――
(羨ましいな……)
悲しい事に、僕の身長は男子にしては小さい150センチ弱だ。体育の並び順も一番左側だし、他の男子からも小馬鹿にされる。これはもう屈辱的としか言えないだろう。
「みーしま」
「ああ……
「いや、お昼食べよーぜ」
「うん……」
郡道は同じクラスの友人で、短髪高身長の爽やかイケメンだ。テニス部に所属していて、少し筋肉質な身体をしている。……まあ簡単に言えば僕と真反対の男ってこと。
郡道は僕の様子を見て、カハッと笑いこう言う。
「また身長のことで悩んでんのか〜? あんま気にしない方がいいって」
「持たざる者の気持ちが郡道に分かるかよ……こっちは棚の上には手が届かないわ、外では中学生に間違われるわ、女子からは可愛いだのペットにしたいだのヤイヤイ言われるわで、マジでこまってるんだ」
「……少なくとも最後は俺、羨ましいがね」
「はぁ〜? ……も、いいよ。ご飯食べる」
僕はカバンからコンビニで買ったおにぎり一つを取り出す。昆布のやつで、小さくて可愛い。すると郡道がそれを見て、
「よく足りるな、それで」
「お腹空かないんだよ」
「ふーん……ま、良いや」
郡道はさほど関心が無いのか、話を切り上げ、手提げからお弁当を取り出した。
中を開けると、ウインナーやら卵焼きやらハンバーグやら豪華な品揃えだった。昨日も一昨日もお弁当だったので、きっと家庭に余裕があるのだろう。
「そういやさ、知ってる?」
「何が」
「まてまて話すから……昨日さ、昨日、学校に少女漫画を持ってきた奴がいるらしい。校内に落ちてたのを教師が見つけたんだとさ」
「何だそんなこと、よくある事じゃないか」
「それがどうもおかしいんだよ、見つかった場所……第二校舎らしい」
「第二校舎って……よく不良が溜まってるあそこ? ふーん、それは面白いな」
第二校舎は、僕達が過ごしている第一校舎の隣りにある建物で、現在は物置程度にしか使われていない。薄暗く、どこか闇社会を彷彿とさせる事から、そこによく不良達が好んで集まっている。
「面白いよなー、少女漫画を愛読する不良なんて……まるでフィクションの世界だぜ」
「かなりユニークだ」
「な、な? そうだよなぁ」
相当面白いのか、郡道はケラケラと笑いながら、ハンバーグをひとつまみする。
まあ確かに実在するとなると面白いな。一度見て……みたくはないか。
そんなこんなで過ごした僕達だったが、時間が過ぎるのは早いもんで、今は終わりのホームルーム後のガヤガヤした時間。
皆掃除に向かう為、移動を始めている。僕も例外ではなく、担当の場所に向かおうとしたのだが、
「三島さん、ちょっといいですか」
「はい」
担任の
見ると、先生は両手に沢山の書類を持っている。そうして僕にこう言う。
「今日の清掃は行かなくて大丈夫だから、代わりにこれを第二校舎の倉庫室まで運んでおいてくれないか」
「第二校舎、ですか」
「そー、出来そうですか?」
「あ、はい……やります」
不良のたまり場、第二校舎。
僕は今からそこへ向かう。
生きて帰って来れるだろうか。不安だが、やるしかない。そう思い、このミッションに取り組むのだった。
※※※
第二校舎の中に入ると、案の定不気味な雰囲気がした。床や壁は散々に汚されており、何となくスラム街を彷彿とさせた。
不良ウンヌンの前に、お化けの一つでも出そうだ。どちらが出ても、きっと僕は漏らすほど恐怖するだろう。
何とか倉庫室に着き、書類を指定された場所に置く。何とか無事にミッション達成だ。後は帰るだけ……なのだが、
「あ、れ……? これって」
帰り道、落ちていたのは一冊の本。
手に取って分かった。これは漫画本だ。
漫画本は漫画本でも、少女漫画だ。
(本当にいるんだ……漫画本を読む不良)
きっと落とした主は乙女な心を持っているんだろう。イメージとしては、身体は僕みたいに小さくて、黒髪で、天然で、ちょっとイジメたくなるような、小動物系の女の子だ。ちょっと会ってみたいかも。
妄想を膨らませながらニヤニヤしていると、イキナリ、
「おい」
と、声がかかる。
ドスの効いた強い口調に、強い言葉。
身体を強ばらせながら、何とか振り返る。
するとそこにいたのは、一番会いたくない生徒だった。
「そこで何してる」
「あー……その」
「! お前、その漫画……」
僕が手に取った漫画本を見て、ギロリと睨み付けてくるのは校内最強女子の
「いや、この漫画は……ここに落ちていて……」
「……見たのか」
「はい」
のっしのっしと。
身長180強の大柄女が、黄金の髪を揺らしながら近付いてくる。僕の気持ちは、まるで接近してくるゴジラを前に恐怖で立ち尽くす非力な人間のようだった。
「……」
そしてわずか数センチの距離まで、勝木が迫ってくる。乱れた制服、柔らかそうな太ももが露出した短いスカート、威圧的な切れ目。そのどれもが迫力満点だった。
「あ、あの……」
そして彼女はイキナリ、僕に向かって、
「お願いだっ! その漫画が私のものって事、内緒にしていてくれっっ!!!」
と、大きな身体を曲げ、頭を下げたのだった。
一瞬にして頭上に疑問符が浮かぶ。
今僕は何をされているのだろうか。ええと、目の前には校内最強不良少女がいて、その子が僕の前で頭を下げていて……。
「どうか……頼むっ!」
ぞくり、と。
心の奥底で何かが震えるのを感じた。
圧倒的強者を、上から見下ろすかのような、そんな背徳的な感覚だった。
「これ、あなたのなんですか? 知りませんでしたよ」
「っ……しまった!」
ぞくぞくっと、また震えた。
天然なのだろうか。不良で天然とか、属性の宝庫じゃないか。
調子に乗った僕は、更に勝木を責め立てる。
「そんなに内緒にしてて欲しいんですか?」
「ああ……頼むっ」
「なるほどね。じゃあ、少し僕の命令に聞いてもらいましょうか」
「命令……?」
「ええ」と言葉を継ぎ、僕は勝木に向かってこう言い放つ。
「ズバリ、なでなでさせて下さい」
「なな、なでなでだと?!」
「ええ、出来ないですか?」
「う、えと……」
顔をポッと赤らめ、乙女丸出しのウブな顔になる勝木。正直可愛い。身長さえもう少し低ければ、好きになっている所だ。
「わわ、分かった……なでなでだな」
勝木はノシっと大きな身体を曲げ、頭を僕の肩の高さら辺まで下げる。
その時勝木の、大きな乳房の谷間が出現し、一瞬目を奪われてしまう。もちっとしていて、触り心地がありそうだ。……って変態みたいだな。止めよう。
「じゃ、撫でますよ」
「ああ……」
そっと手を伸ばし、僕は勝木の頭に手を乗せた。威圧的な金髪ヘアーは、見た目とは裏腹に優しげな触り心地だった。
サラサラしていて、どことなく子犬のようにモフっとしているのだ。これはもう可愛い以外の言葉が見つからない。
「っ〜〜〜」
「あー……もういいです」
「そ、なのか……? そうか……」
何か恥ずかしくなったので、なでなでを止める僕。勝木は頬を赤くして、桜色の唇をモゴモゴと動かして、大変落ち着きのない様子だ。……これは満更でも無い感じ、か?
「お、おい……どうした……?」
上目遣いで、瞳をしっとりと濡らして、訊いてくる勝木。またぞくぞくと身体が震えた。大蛇が身体を這っているような、そんな気分だ。
その時は興奮していた。
だからつい、勢いに任せて、こんな大胆な事を言った。言ってしまった。
「じゃあ、次は、キスしましょうか」
「ききき、キスぅぅぅ?! そそ、そんなのっ」
「ダメですか……? この漫画の事言いますよ? それでも良いんですか?」
「それはっ……うぅ……」
切れ目をきゅっと閉じ、「う〜っ」と小動物のような声を漏らす勝木。
僕は今更後悔していた。
ファーストキスがこの子で良いのか。いや、それ以前にイキナリこんな事頼んで、男として最低では無いか、と。
だがどうしても身体が『ぞくぞく』として、その『ぞくぞく』に抗えないのだ。
「さぁ、どうするんです? するんですか? しないんですか? さぁさぁ」
「う〜っ、……分かったっ、分かったから……」
巨体を震わせ、遂に承諾した勝木。
制服が乱れている事から、たわわな胸がバルンっと跳ねる。ヤバい……鼻血出そう。
「はぁ、はぁ……じゃあ、来い……」
「もうちょっと屈んで下さい。……そうそう、そんな感じ、……じゃあ、いきますよ」
勝木が瞳を閉じて、唇を突き出している。
僕は思わず見惚れたけれど、自分より腕力も体力もある相手が自分に屈しているという状況に『ぞくぞく』してしまい、それが脳内を甘く溶かしている。
そうして僕は顔を寄せ、
強面な顔からは想像出来ない、柔らかな唇、這わせる度に、女の子丸出しの「んっ」という甘い声が吐息と一緒に零れていく。
勝木の体温と僕の体温が混ざり合う。
今温かく感じるのは、僕のせいか、あるいは勝木のせいなのか。
顔が離れる瞬間、「ちゅぽ」という水音が鳴る。まるでもう少し味わっていたいというお互いの気持ちを代弁するかのような、そんな音だった。
「う、ぁ……しちゃった……」
「えと、じゃあ約束通り、漫画の事は……」
その瞬間、勝木は一層顔を真っ赤にして、
「っ……〜〜〜」
全力疾走で立ち去っていった。
悪い事をしてしまった。
自分のこういう所は猛省しなければならない。何とか改善していこう。
1人取り残された僕は、深くため息を吐きその場を後にするのだった。
次の日のお昼。
「みーしま」
「ああ……
「いや、お昼食べよーぜ」
いつものように郡道とお昼ご飯を食べる。
相変わらず郡道は豪華なお弁当だ。
そして僕は昆布おにぎり一個。
「ん、何か廊下が騒がしくないか?」
「あー……まあそうだね。何だろうか」
郡道に言われて、何となく廊下に目をやる。すると巨体を揺らし、何者かが教室内に入ってきた。その姿に、僕は見覚えがあった。だって、昨日その子とファーストキスをしたのだから。男しては覚えていない訳が無い。
「勝木だ……、おいっ、こっちに来るぞ」
「ああ、来るな」
「ちょっと来い」
「はい」
逆らう術も無く、僕は席を立ち、勝木に連れていかれる。多分僕は殺されるだろう。短い人生だったな。
廊下を歩き、階段を登り、屋上に着いた。
辺りに人はいない。僕の最期はこうして誰にも見られずに終わるって事か。矮小な僕らしい終わり方じゃあないか。
「お前、名前は」
「三島です」
「そうか、三島……」
「はぁ」とため息を吐き、その刹那、頬をポッと染めて、校内最強の不良少女は言う。
乙女丸出しのウブな顔で、瞳をそぼ濡らし、普段は潜めている『少女』の声で、おねだりをした。
「三島……あの時のキスが、忘れられなくて、な……またしたいっていうか……あの」
ちょうど僕も忘れられなかった所だ。
そうして僕らはまた唇を交わし、なんやかんやイチャコラして過ごすのだった。
まさかこの時は僕の方がその少女、勝木亜美華の唇の美味さに首ったけになり忘れられなくなるなんて思わなかったのだった。
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