最終
今日は沢山やることがあるのだ。
お気に入りのジャズの中から今日は『Take five』を楽しみながら、僕はそのスタートを切ろうと思う。
ついでにテレビの電源を入れる。
ニュース番組のキャスターが特ダネを紹介している。
『昨日、例の連続殺人に新たに2名の被害者が。被害者の1人は会社員の女性。なんともう1人は県警の刑事でした。またも今まで同様、遺体は特定が難しいほどに刃物で傷つけられていた様です。』
相変わらずテレビを観る習慣はついていないので、最後にふと、今一度写真をみたがやはり不快だ。二度と会うことがなくなってせいせいした。なにがバドミントンでインターハイ出場だ。今や高級なロングコートを着ただけのただのただのボロ雑巾だ。見る影もなかったな。こんな写真いますぐに捨てたいが、あの名前は忘れたが、あの同級生の刑事、あいつがまた尋ねてきて『写真を返してくれないか』とか頼まれると事だし、とりあえず引き出しの奥にでもしまっておこう。
まあ恐らく、そんなことがない限り、あの刑事とはもう会うことは無いだろうし、何の思い入れもないが、念の為だ。
最近までの気質のせいで名前に頓着が無くなってきていたとは思っていたが、そうだったそうだった。あの顔は忘れないだろう、高校時代、奴の取り巻きの1人だ。仲がいいのか奴に脅えて従っていたのかわからないがまさか同じく刑事になっていたとは。
いや、あの刑事はどうでもいい。奴の場合は名前すら忘れていたとは。封印した記憶とは恐ろしいものだ。
奴の名前は『栄田』。『さかえだ』ではない。Aだ。全く笑い話だ。
『えいだ』ではないか。
全く、こればっかりは自分の失態に笑いが出る。読み間違いとはね。しかし奴も奴だ、普通はそんなたまにある様な間違いだとしても自分の名前だぞ。間違っていたら訂正くらいしろ。全く本当に適当な野郎だ。よくあんなに適当な性格で刑事になんかなれたな。
といっても既に死んでるのだから愉快極まる。笑いが出る。
手柄をチラつかせたら家まで迎えに来るとは。あんな高校時代だったのに当時の緊急連絡網の書類など残しているものか。
手柄をチラつかせ家まで呼び、適当に刺していたら死んだ。少しの抵抗くらいあるかと思ったが存外、一刺し目が上手くいったようで膝から崩れ落ちた奴をボロ雑巾そのものにするのは難しくなかった。
しかし逮捕されるのはとても嫌だった。何故ならあの愛しの彼に会うまではどうしてもそれが嫌だった。それだけは勘弁ならない。奴を殺して彼と会う。この単純な願いを叶えるためなら何でもしよう。
彼を見習って顔や体を包丁で切ったり削いだりして、河原に放置しておいたら勝手に世間が奴は彼に殺されたんだとまくし立てた。
いい調子だ。
『容疑者は現在、共犯者2人と共に逃亡を続けているとの事です。』
いいぞいいぞ、逃げろ逃げろ。がしかし、捕まえることは出来ないだろう。彼は違うのだよ。孤独な人間は違ってくるのだ。目的のために手段を選ばない人間などまだまた赤子だ。彼は既に手段のためなら目的を選んでいないのだ。孤独なのだ。もっと自分を見てくれと世間に言っている。そしてその声は止むことはないだろう。その為なら何でもするだろうよ。文字通り何でもだ。
『視聴者の皆様、この顔に心当たりがあれば、接触は試みず、直ぐに110番のご協力をお願い致します』
テレビに彼の顔が。手配書と同じ、素敵な目だ。孤独に溺れたいい顔をしている。つい恍惚としてしまった。こうしている場合ではない。すぐに、すぐに取り掛からねば。
どこかの誰かに僕と彼の逢瀬を邪魔される前に、彼とのきっかけをつくらねば。
はじめは手紙を出すことが出来ないかと思ったが、そんなもの出せるわけが無い。電話も、メールも全てが無意味だろう。
だったら、やはりこれでいこう。
金もかからないし、スマートフォンさえあれば、いつでもどこでも手入れして想いを込めれる。
そして紙媒体でなく、無料のネットに掲載して誰もが読めるように。
それが故に難解な構造にしなければ。体験談ではなく、第三者からの視点にし、文は敢えて読みにくく乱雑に、たまに気取った表現を使いながらさ。
しかしまあ、短編小説を書いたことなど無いから表現の勝手が上手く分からないな。いや、逆にそれが所謂、『普通』の人間と僕ら『孤独』に溺れた人間を振るいにかけるきっかけになるな。この退屈に共感しない『普通』たちはすぐに飽きるか、内容の理解は到底出来ないだろう。
序盤はつまらない感じにしたいな。つい先日までの僕の紹介がふさわしいか。あれは大変つまらない。が、それに魅力を感じたり、同感だと思われれば既に読み手はこちら側、ということだ。僕の孤独を癒すことの出来る、彼のような『友』になりうる僕にとってとても大事な大事な存在候補というわけだ。
今の君みたいだな。おい、君だよ。君。
そしてこれが彼へと届けば彼も疼かず、動かずにはいられないだろう。そうだろうとも。必ず。
だが、ただ退屈な短編小説なのも面白くない、最後の最後まで不可解な物を読まされた読者へは褒美として、驚きを用意出来るように、上手い話の構造を考えなければね。僕のあの恥ずべき名前の読み間違いなんかをネタにするのも悪くなさそうだ。くれぐれも奴と彼を間違えないでおくれよ。奴は奴、彼は彼としか表記しないよう気をつけねば。
そうだ、まえがきの時点で既に大きな答えを置いておくとかはどうだろう。なに、ほんの遊び心さ。
混乱しつつも理解をしたければ少し巻き戻すべきだよ。もし僕のことをもっと理解したいならもう一度読むべきだ。そして君がもし孤独ならこれを伝えるべきだ。
もう、何の説明もいらないだろうね。
あの刑事には無理だったが、君はきちんと兎を狩れたかな。君。
もしかしたら、もしかしたらとおもうが、さっきまで蝶を追いかけていたのかい。
ではここまで読んでくれた君にこの長ったらしい不可解な文の羅列が一体なんだったのか、を教え、それを褒美とさせてもらうよ。
全く、おかしくて笑いが止まらない。
小説の装いをしておきながら、本質は僕が君と話すための口実にすぎない。いや、すでにこうして話しているね。君の孤独は癒えただろうか。もどかしい文と内容に怒りや焦燥は。落胆や驚きは思い出したかい。それらは植物だった僕を救ってくれたものたちだ。大事にするといい。
さて、それでは記念すべき第1文目をここに記そうではないか。タイトルは後から考えよう。
長すぎず、気取らず。
何しろ僕のことを世に知らしめる、第1作目だ。慎重に考え抜いた良いフレーズだ。
上手く世に出回ればいいな。
同じ目をした愛しの彼に伝わりまようにと心を込めて。
『男は辟易していた。』
狩られる兎は蝶になる @miyako0608
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