11

燻る 11


他愛のない話をした。

男はまるであの地獄のような時間がなかったかのように振舞った。

刑事も知ってか知らずかまた罰が悪そうに その話に相槌をうったり笑ったりしていた。

男自身、久しぶりの談笑でぎくしゃくとしたものであったが、おそらく内容は他に引けを取らず正に『他愛ない』ものだったと思う。

あの頃はああだったとかあいつがどうのとかそういうものだ。


する必要があるかどうか分からないような事だし、男にとっては無駄といえば無駄なものだろうがそうじゃないような気もした。

この価値を見失った談笑を通して、刑事の態度は一変した。

『まさか君だとは。いや、なんだか、こう、もっと話がしたいな。時間はあるのかい。』

『いや、今日はする事がたくさんあるんだ。』

いつの間にか敬語が抜けた砕けたような会話をしていた。

誘いに対して断りを入れると刑事は先程とはうって変わり、その場を惜しむ表情をみせた。

『じゃあ、これだけでも。』

刑事は男に1枚の写真を手渡した。

男はその写真に一瞥交わして目線を直ぐに刑事に戻し別れを告げようとしたが、またも余計な意地悪がはたらいた。

『いいかい、ちゃんと兎を見るんだよ。綺麗だからと言って蝶を追いかけるんじゃない。』

詩的すぎたのか、それとも刑事にはあまり詩の素養がなかったのか、きょとんとしていた。まあいいかと男は刑事にも一瞥を交わした。

『じゃあ。』

刑事に背を向けて自宅へ入り、まるで今まで電源が入って流暢に音楽を流していたスピーカーのコンセントを引っこ抜くような、そんな感覚でドアを閉めた。


少し間を置いて窓から外を除くと刑事がとぼとぼと帰っている。お疲れ様、そして、さようなら。お前みたいな鬱陶しい取り巻き、二度と関わってくれるなよ。しかし人間の脳とは面白いもので、『名前も分からない元同級生の刑事』の顔も何故か覚えていたとは。どうでもいいか。欠伸をしながら刑事の背中を見送った。


予想外の訪問であったが特に汗をかかなかったため、男はそのままソファにもたれる。

しかし、昨日の殺しの疲れを引きずっているのだろう、ソファの上で自分の体が次第に重くなるのに男はきづいた。

まぶたが重くなったので、すぐさまソファからはね起きて部屋をぐるりぐるりと歩き回る事にした。

手には一枚の写真、刑事から渡された、今や火葬場に送られようかとしている故人となった奴の学生の頃の写真だ。

体育館で自慢げな顔をしている奴の顔は殺した今でさえも腹正しく感じた。

恐らく部活動の何かしらの大会で優勝した時の写真だろう。左手にはクリスタルのトロフィー、右手にはラケット。

『バドミントンねえ。』


男はそう呟いてお気に入りのジャズを流す準備を始める。


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