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意外とあっけなかったなあ。と、参列者を片目に煙草を吹かしながら男は思った。
あんな鬼畜外道にも葬式は開かれるのか。と驚いてもいた。あんな腐りきったような人間でもきちんとした葬儀に参列者なんて身分不相応だとも思った。綺麗な葬儀場、遺影、涙する人達、花、棺桶、遺体がパリッと着こなしている死装束、棺桶の中に添えられる手紙や高校時代の思い出のラケット、嘘か本物か分からないがそれなりの涙。自分の葬儀はこんなものにはならない。と確信した。いや、そもそも葬儀を行えるのか。どうしようも無い自らの思案へは少し残ったが、3つほど呼吸をする間に気にならなくなっていた。思えば本当にあっけなかった。吐き気を催す邪悪そのものだったというのに、そんなに簡単に死ぬとは思っていなかった。やはり人間は人間であった。邪悪であろうが善人であろうがスーパーマンではない。一定量の血を流せば死ぬし、その他多くの理由が死に繋がる、儚く脆い生き物だった。
だが、どうすればいいのだ。これから。男にとって憎悪を向ける対象だった奴は同時に男にとって、言うなれば大事な存在だったことを男は自覚していた。奴のせいで、自らの何年という膨大な時間を孤独という虚ろの最中で過ごし、その孤独と大の友人になってしまったことに対し、憎悪を人生で初めて滾らせ、それをどうにかぶつけよう。と思った矢先だった。その対象がなんとも簡単に、命を落としたのだ。命を落とした。ふざけるな。だんだんと怒りが込み上げてきた。焼香にならんでみたが、いっそ、仏壇や棺桶を蹴りたくってみようか。もしかすると目を覚まして逃げ出すんじゃないかとか、そんな考えを起こした。そこで男は我に返った。心底退屈ではなくなっていることに驚愕した。退屈だった男の心が、今、葬儀の中、憎悪の対象がもうこの世に居ないことを再確認したことで、怒りで震えているではないか。葬儀どころではなくなった。こんなひとときの出来事で怒りを取り戻した男だった。
男は辟易していた。しかし、欲することを思い出した。
このとき、男は自らに期待をしたのだ。もしもこれからも、こんなことが身の回りで起きれば、こんな植物のような人間をやめて、今よりも胸を張ってれるのではないか。もしかするとはつらつとしていた以前の自分に戻って、恋人だって戻ってくるのではないか、今からだって遅くはないのではないか。と、そうした時に自らがその心の動きように喜び始めていることにまた驚いた。男は恨んでいた奴の葬儀にて、さらなる興奮を覚えた。なんとも自己中心的で背徳的なことであろうか。しかし邪悪とも無邪気とも言えない男の今の心は誰にも咎められるものではないと男自身知っていたので、気が重くなる事などは一切をもってなかった。
葬儀を持ってして男は硬い蛹から羽を出すことにした。しかしどうしても手配書の愛しの彼に会いたい気持ちが溢れる。どうにかして会えないものだろうか。いや、もう会えないのか。『彼は、もう。』
その方法が一縷にわたって思いつかないので男はひどく落胆した。男は自らの情緒の起伏が恐ろしくなってきた。
会う方法、いや、今すぐにはないがきっと。ああしてこうして。男は最早、自分が葬儀に来ていることなど忘れ去っていた。
焼香を済ませると、今までの男とは似ても似つかない奇妙なステップを踏むような足取りで帰路へ着いた。おかしくなってきていたのだろうか。いや、正気であった。
自宅のドアの前にたどり着いた時、そこには刑事がぽつんと立っていた。
なんとも疲れきった顔だった。
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