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雨が降っていたんだと、その時気づいた。無駄な思案に耽ってしまっていた故か気づかなかった。玄関の前には男が1人立っていた。
値の張りそうな黒のロングコートの下にはしっかりとアイロンをかけられたパリッとしたシャツとネクタイをしている。ロングコートの肩の上で小さい雨粒が今にも生地に染み込もうとている。やや細身であるがおそらく胸板を見るに鍛えているのであろう。二の腕の部分の生地が少し張っている。
ロングコートの男が口を開いた。
『夜分にすんません。』
態度が横柄ではあるが、家主である男は気にもとめず、よくCMに出ているあの俳優に似ているな。と、上の空であった。
ロングコートの男が言うには、この周辺地域で連続の殺人事件があったとのことであった。しかも遺体はどれも個人の特定が出来ないくらいに刃物で顔と体を切られたり削がれたりしているらしい。
なるほど物騒な話であったし、彼が刑事であることはその出で立ちから一目瞭然であったし、なんとなくそう予想していたため、事件の内容を聞いても防犯意識を高めようなどは思わず、内心、彼は刑事では?という自分のが当たったことを密かに喜んでいた。
『あの、聞いてます?こっちも時間ないんすよね』
少し苛立っているようだったので一応一言謝って話を聞くふりをする。
が、関心のないことを見破られたのか刑事は溜息をつき、1枚だけ紙を手渡してきた。紙の中心には、顔写真が乗っている。ボサボサの髪の毛を伸ばしっぱなしにしていて不潔であるが端正な顔立ちをしている。この写真の男に心当たりがあれば警察へ一報を寄越せとのことであった。再び紙に目を通すと懸賞金がかけられているではないか。その額80万円。男はまたどうでもいいことを考えていた。微妙な金額だなあ、とか、今になってこの刑事の横柄な態度に少し苛立ちが芽生えてきていたりした。
刑事は去り際に名刺を渡してきた。ここに電話を寄越せとのことであったが、個人の番号と県警の番号、その他児童相談所なり幾つも番号が重なっており、指定された連絡先が分からなかった。男は先程、話を聞いているふりを見破られたので罰が悪い。刑事は名刺を渡すのかとか、またもやどうでもいい思考へ陥るとこであったが、それよりも悪戯心が勝った。
最後にもう一度上手に、かつ意地悪に、それその如く振舞ってみる事にした。
ここに電話すればいいのか?と、関係のなさそうな相談所の番号を指しながら聞いてみた。
『あー、どこでもいいっす。』
こいつは、大層な面倒臭がりなのだな。しかしそんな粗雑な刑事がこんなにも綺麗にシャツにアイロンをかけるだろうかと思っていた矢先、刑事の名刺ケースの中には家族写真が見えた。女性は大変だ。とぼんやり思った。よく観察すれば、名刺ケースを出したカバンの中は形容しようのない乱雑さであった。おそらく汚れや間違い等は気にせず生活し、生きてきたタイプだろうなと確信した。再び名刺に目を戻し、この粗雑で面倒臭がりな刑事らしからぬ男への別れ際に愛想良く一言を添えよう。
『じゃあここに電話しますよ。えっと、さかえださん』
名刺の裏に載っている番号のうち1つを見もせず適当に指さしながら刑事の背中へ問い掛けてみた。しかし、夜中に尋ねてきたかと思えば態度も悪くてなんだか嫌になってきた。刑事とはこんなやつばかりなのかと思っていたらやはりぶっきらぼうに栄田刑事は答えた。
『あーはい、それでいっすよ。はい。』
それでいいと言ってもこの番号、痴漢被害の相談所だぞ、本当に適当な奴だ。
栄田、嫌な刑事だが明日になったらこのやり取りも忘れているだろう。どうでもいい。男は溜息すらつかなかった。
玄関が閉まり、男の家にはまたもや静寂が顔を覗かせた。
男はやはり辟易していた。
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