第二章 異世界でのモブ

閑話 『異世界集団転移』

「――成功ですね」


 先程まで廊下を歩いていて、教室に一歩足を踏み入れた刹那――視界が真っ白に染まり、気が付くと、見慣れない広間だった。


「ほう。ではあやつらが勇者か」


 無駄に豪華な装飾のされた玉座に座し、王冠を戴くわかりやすい王様は、この場に召喚された二十二名に目を通す。

 異世界召喚ものならここでテンプレの台詞が飛んでくるはずなのだが、


「勇者よ。そなたらには凶暴化する魔獣の討伐を命ずる」


 白髪の国王は歓迎の言葉もなしに上から目線で命令してきた。

 もちろん、白髪国王の横暴な態度に従うことなどできない。


「――頼みというなら、それ相応の礼儀を弁えなさい」


 偉そうな――実際に偉いんだろうが――態度の国王に凪が発言し、この空間にいる全員の視線を一手に集める。

 そんな空気などお構いなく凪は人差し指を国王に向け、そのあと床を指す。


「貴様ッ! その態度はなんだ!」「国王様に無礼であるぞ!」「そうおっしゃられる貴殿こそ礼儀を弁えたらどうかね?」「口を慎め!」「勇者といえども不敬罪に!」「あのような野蛮な娘が勇者だと認められるはずもない! なにかの間違いであろう!」


 これぞ集団心理の汚点と言える。

 先陣を切った貴族に連れられ、他の貴族共も同調して言いたい放題ギャアギャアと喚き散らす。

 ここまでの罵声を浴びても、冷え切っている凪の心にはさざ波すら立たない。

 収集のつかなくなった飛び交う罵声を、


「――黙りなさい」


 空気を引き裂く冷徹な声が止める。

 まるで、スイッチひとつで時を止めたかのように、激情する貴族共をたった一言で抑え込んだ。


「なにかの間違い、ですか。であれば、王女たるこの私の召喚が間違っていたと……そう言いたいのですか?」


「あ、いや、それは……」


「口を慎むのはあなた方です。礼儀を弁えるのもあなた方です。王女を愚弄する罵詈雑言――不敬罪で死刑になりますか?」


「で、ですが」


「この国の国王様は、礼儀も知らない恥晒しなのでしょうか? 勇者に頭を垂らす程度、世界を救うためなら容易いですよね?」


 王女と国王と言っているので、両者は血の繋がった親子であるはず。だが、漂う雰囲気がとても和やかなものではなく、まさに犬猿の仲だと感じ取れる。

 煽るような王女の台詞。国王の方が立場は上だと思われるが、逆らう素振りもなく凪たちへ頭を下げた。


「勇者よ。そなたらには凶暴化する魔獣の調査、討伐を行ってもらいたい」


「――この力でってか?」


 刹那――広間の人がいない場所が爆発し、床と天井には大きな穴が開く。

 爆煙が晴れると、国王の周囲を騎士が護っていた。その正面には、ポケットに手を突っ込み制服を着崩す赤と金のツンツン頭が目立つヤンキー。


「ヒャッハー! 最高だぜぇ!」


 爆発の犯人と思われる木也を、騎士たちが超常の力で発生させたチェーンで拘束する。が、それらはボロボロと崩れ去り、木也を一秒と止める手段にもなり得ない。


「くっ、と、止まれ!」

「国王様には指一本近づけさせん!」


「威勢だけはいいじゃねぇかァ! が、威勢だけで生き残れるほど甘くねぇよ……この世界はよォ!」


 身を呈して主君を護る騎士団たちへ、手をかざして今にも殺さんとする木也が固まる。文字通り、まるで動物の剥製のように外見をそのまま凍てついた。


「――使い方は熟知したわ」


 玉座の間が冬に冷房をかけたような冷気に包まれ、耐えきれず広間から出ていく貴族もいる。

 その中心にいるのが<絶対零度>の称号を理解した凪であり、うるさい木也を黙らせたのだ。


「……やる、じゃ、ねぇかァ!」


 死んでくれると万々歳だったが、身体の芯まで氷漬けになる前に木也は自ら氷を破ってしまう。


「おもしれェ! てめぇが相手してくれんのか『氷結姫』さんよォ!」


「生憎、この場にいる全員を相手にすることになるのだけれど」


「チッ……俺はてめぇらに従う気はねぇ。地球になんざ帰る必要もねぇしな」


 それだけ言い残し、凪を含めた全員を敵に回す度胸のないヤンキーは窓ガラスを割って飛び降りた。

 嵐が過ぎ去り、割られた窓ガラスから冷気が抜けて空気が循環し、


「さて、早速だが勇者には称号が与えられているはずだ。自身にその力があることはわかるであろう」


 凪以外のクラスメイトたちは自分がどんな称号なのか教え合い、買ったばかりのゲーム感覚でワイワイ騒ぐ。

 試し打ちをして本当に使えることを喜び、アニメ好きの集団は特にテンションが上がっている。

 その中で、


「あ、あの……僕、なんの称号も浮かばないんですけど……」


 一人だけ異世界の輪に入れていなかった。


「なんだと? そんなはずは……」


 凪はクラスメイトの顔も名前も覚えておらず、手を挙げた少年が誰なのかわからない。

 事あの少年に限り、それは他のクラスメイトも同様らしく、


「あれ? あんなやついたっけ?」


「確か、クローバー……」


「――黒葉愁ね」


「そう、それ! 黒葉愁!」


 クラスメイトの女子が正解を言い、ギャルグループが思い出したと騒ぎ立つ。そのクロバシュウという少年、集中して見なければ認識できないレベルの影の薄さだ。


「あいつ存在感ないっていうかー」


「マジ『教室いたの?』って感じー」


「それなー」


 大声での下品な笑いを聞き、縮こまったクロバシュウの存在感はさらに薄れる。

 称号がないというクロバシュウに国王も困ったのか、王女や王妃となにやら内緒話を始めた。

 話が終わると、国王と王妃は背もたれに体重を任せ、凪たちの前に立った王女がクロバシュウへ目を配る。


「結論が出ました。称号がないということはなにか手違いがあった可能性があります。あまり遠くへ行かれても困るので、王都にある屋敷をあなたに差し上げましょう。メイドや執事も数名付け、当分暮らしていける金銭も与えます。働き口もこちらで探しましょう。他の勇者が凶暴化した魔獣を倒し終えるまで、生活面で苦労する心配はありません」


「あ、ありがとうございます。僕なんかのためにそこまで」


「いえ。勝手に召喚してしまったお詫びも兼ねていますので。それでは、彼を屋敷へ案内してあげなさい」


 騎士団の一人が愁を連れていき、凪たち勇者は案内された別室にてこの世界の話を聴くこととなった。

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