10 『過労死ロード』


 世の中、そう上手くはいかないものだ。


 宮殿内を汲まなく捜索したが、これといった手掛かりは特になかった。

 森にいた魔獣は凶悪化しておらず、奇妙なほど王都に集中していたのが気になる。

 王国にとって実験魔獣を全て失ったのは痛手だが、その代わりにヴァニタス・コアのサンプルが等倍手に入った。これで、未知の物質の研究が進むだろう。


 そういうのは国の科学者たちに任せ、家も宿も寮もない王都でアオイは冷たい地面に横たわる。

 日本でいう冬なら凍え死ぬが、ここら辺の気温は年中春か秋ぐらいだと思う。寒いことは寒いが我慢できないほどじゃない。

 体力を回復させて明日の復興作業に備えるため、アオイは誰よりも早く眠りにつく。


「────?」


 なにか聞こえた気がしたが、疲労が溜まっているアオイの身体は睡魔に勝てず、そのまま意識を手放した。




 ──。

 ────。

 ──────。


 柔らかい。いや、身体が痛い。というか動かない。

 ベッドで寝られなかったから、昨日は地面に直接寝た覚えがある。なら痛いのは納得できるが、息苦しさと圧迫感、まるで布団のような感触にこのいい香りはなんだ?

 寝起きから頭を回転させ、バッチリ意識が覚醒したアオイは重いまぶたを開ける。


「は……?」


 目を開けるまでの謎は瞬時に理解した。だが、アオイの思考は十秒以上もフリーズする。

 それはバスジャックより、自分の姿が変わっていたときより、異世界でクラスメイトたちを見たときより衝撃的で、人生でもっとも驚いた出来事が裏書きされた瞬間だった。


「なんでここに……凪が……」


 動かないのも当然。なぜなら、アオイは凪に抱きつかれているからだ。アオイの腕はがっちりと固められている。


「は? えっ? な、なんで? は? ど、どゆこと?」


 アオイは一人で寝たはず。

 慌てて周りを見るが、寝る前の光景と変わりない。ならばアオイが寝相で動いたわけじゃない。

 残る可能性は、凪がアオイの側で寝て、アオイからすると都合が良すぎる寝相を繰り出したということだけ。


「……んっ」


 抱きつく力が緩む。と同時に、凪の瞳にアオイの焦る顔が映った。


「…………」


「…………」


 凪は半開きの目を眠そうにこすり、ぱちくりとさせてアオイの瞳を覗き込む。


「……おはよう」


「普通に挨拶した!?」


「えっ、え……? え!? えぇ!?」


 徐々に目が大きくなり、遅れてきた驚愕に凪の瞳は見開く。


「あ、あなたは討伐隊の……彼じゃ、ない。と、いうことは……夢、じゃない!?」


 いつもの冷徹な仮面が崩れ、凪は真っ赤な顔で両手をブンブンと動かす。


「あっ、ち、違うのよ! 私もこうなるとは思ってなくて……じ、実は私、抱き枕がないと寝られないの。ここ何年も抱き枕なしで寝ることはなかったから、まさかあなたを抱き枕代わりにするなんて思わなかったのよ!」


 文武両道で容姿端麗、まさに才色兼備。それだけでは飽き足らず、この完璧美少女はギャップ萌まで会得してるというのか!

 思わず惚れそうになる。というか心を偽らなければ惚れてる。愚かな欲は持っていないアオイでも、凪は誰のものにもなってほしくない、と思ってしまう。


「そ、そうなんですね。えっと……僕がここに寝ているのに気付きませんでしたか?」


「え? あぁ、それならわかっていたわ。だからここが安全と思ったのよ。あなたなら変な気を起こさなそうだから」


 自制心さんをフル稼働させてなんとか持ち堪えている状態なのだが……。なんなら新たな一面に自制心さんも過労死しそう。


「それなら、あの海っていう勇者様の方が安全なんじゃないですか?」


 仮に間違いが起きたとしても、世界で唯一、海になら世界の宝を任せられる。幼馴染であり、外見イケメン内面聖人の海になら。


「……そうね。確かに海は無害だけれど、海の周りにはいつもハエがたかっているわ」


「あ、ははは……」


 クラスメイトをハエ呼ばわりする発言を、アオイは笑ってごまかす。

 凪の人生観からすれば、そうなるのも仕方ないことだから。


「兎にも角にも、勇者様に信用していただけるなんて光栄です! これからも全力で勇者様方のサポートを頑張ります!」


「ええ。こちらこそよろしく頼むわね」


 起きてから時間が経ち、アオイの思考も平常に戻ってきた。そのため、昨日から疑問だったことを思い出す。

 凪に訊きたいことなのだが、どう伝えれば不自然じゃないか考える。


「……あの、僕なんかが差し出がましい質問なんですが、勇者様って全部で何人いるんですか?」


「急ね」


「いや、少し気になってしまいまして……訊いてからいうのもあれなんですが、訊いてもいいですか?」


「そうね……あなたは意図していないと思うけれど、それはなかなか厄介な質問だわ」


「どうしてですか?」


 人数を答えるだけなら普通は難しくもなんともない。だが、それだけのことが厄介になっている理由をアオイは知っている。


「私の知る限り、勇者は二十……二人」


 歯切れ悪く凪は言う。


「討伐隊との顔合わせのときと今は二十人。少しトラブルがあって、二人は別行動になっているのよ」


「別行動、ですか?」


「一人は集団行動に不向きなヤンキー。もう一人は、なぜか称号を持っていなかった。戦闘に加わるのは酷だと追放されたわ」


「追放?」


「正確には、召喚した責任も取らず追放されたわけじゃない。王国が保有する物件を紹介して、勇者の目的──魔獣凶暴化の原因を突き止めるまでそこで暮らしてもらう。国王はそう言っていたわ」


「それからどうなったかは知らないのだけれど」と凪の補足。それが正しければ、愁くんの居場所を凪たちは知らない。国王か王妃、レスティなら知っているか。

 その物件が王都にあるなら、称号のない愁くんは今回の事件で死んだ説も濃厚。またシャドウパラディンにでもなって、愁くんの生死を確認してみるしかない。


「……あの、僕なんかにこんな話をして大丈夫なんですか? いや、訊いておいてなんなんですけど」


「大丈夫よ。勇者に危害がないよう、この件は秘匿にしろとの王命があるわ」


「全然大丈夫じゃなかった!?」


「まぁ、バレなければ大丈夫でしょう?」


「そ、そういう問題ですかね……」


 小学生理論な気がするが……。まさかあの凪からそんな超理論が発動されるとは、親友(と思う)のアオイでも驚きだった。

 と、拍子抜けのアオイにさらなる衝撃が。


「あなたと話していると、不思議となんでも話してしまいそうになる。ありがとう」


 それは、この世界で見る初めての華。この世で最も綺麗で、最も可憐な、満開の花畑にも勝る一輪の華。

 ほんの数ミリ口角を上げただけだが、その笑顔は反則級で──。


「さ、さぁ! 微力ながら僕も復興作業を手伝いにいきます! 勇者様は休息を取っていてください!」


 本当に、アオイの自制心は過労死ロードまっしぐらだ。

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