11 『貴族キラー』


 特に便利な能力を使えないアオイだが、手伝い程度なら復興作業に協力できる。

 本当はアオイも休みたいが、こうしておいた方がモブらしい。モブということは即ち、目立ちにくいということでもある。


「君、そこの木材取ってくれる?」


「どうぞ」


 もう一つの案件を済ませるには、景色に溶け込んでおいた方がやりやすい。


「このスープ、君が作ったのかい?」


「ええ、まぁ」


「美味いなぁ」


「作業も捗るぜ!」


 自分の料理にこんな大行列ができるのは予想外。だが昼時を過ぎれば人だかりは引き、順調そうなのでアオイの助けはもう必要ないだろう。


 影を薄めて目立たないよう、違和感を感じさせずに隠れて動き回る。


「──いたか」


 ターゲットを見つけたアオイは仮面とマントを装着。被災地とも言えるこの場で、早々に再建された施設で平民を差し置いてあぐらをかく連中。

 中には作業を手伝うまっとうな者もいるが、あそこにいるのは腐れ貴族だけだ。


「さて、あんな悪意まるだしでなにを企てようとしているのか」


 数える気が失せるほど人も殺してきたアオイには見える。正確には『感じる』のだ。人間が発する醜い悪意が。

 ここから中の様子を把握するのは難しいが、3%『侵蝕』させた『耳』を澄ませればよく聴こえる。

 

「全くなにをしておるのだ。早く我らが土地を元に戻さぬか」


「平民如きになにを言ったところで無駄ですよ。奴らのほとんどは称号を持たないのですから」


「騎士団もいるのだろう? 総動員して明日にでも完了させればよかろう」


「それに、あの勇者とかいう子供連中もまだのさばっているらしい」


「あの無礼な異界人共か。無関係者が偉そうに、王宮殿でやりたい放題……」


「躾けがなっておらんな。我らへの忠誠すら示さぬ分、平民にも劣る害虫だ」


「全くだ。確か、勇者の一人は魔獣に殺されたのであったな」


「確認されたわけではありませんよ。しかし、心優しき王様が与えられた慈悲の別荘が全焼しています。数日足らずで死体は見つからないでしょうが、時間の問題ですね」


「あとは残る勇者ですな」


「魔獣の件には有効的に利用しなければならんが、役に立たない者は兇手きょうしゅに任せればよいしなぁ」


 さすがは頭空っぽな貴族共。政治のことしか脳がない分、戦闘面がからっきしすぎて冗談にもならない。

 本業の政治でも己の欲を優先した蹴落とし合いときた。少数のまともな貴族たちが霞むほど濁っている。


「まぁ、予想通りってところかな」


 どうせ勇者に向けた悪意だとは思っていたが、役割を終える前に殺す可能性があるのは危ない。

 兇手とは殺し屋のことで、金のある貴族なら一家に一台は保有しているもの。同じ一家に一台なら冷蔵庫とかにしてほしい。この世界にはないが。


「それよりも、やっぱり愁くんの家は王都にあったのか。なら死んだ可能性が高い、か」


 クラスメイトの死はやはり応える。が、今は取り乱している場合ではない。それに、まだ死んだと決まったわけでない以上、哀しむのは今じゃないはず。

 冷静に、腐れ貴族たちの企てを潰す。そのために、アオイは盗み聞きを続行する。


「あの<絶対零度>と<光合剣>は使える。だが他は雑兵に過ぎん。始末しても問題なかろう」


「復興作業には使える者もいるが、終われば用済みであるな」


「復興にはどの程度の期間を想定しているのだ?」


「完全に元通りとはいかないでしょうが、おそらく一ヶ月ほどではないかと」


「ならば我らは兇手の準備をしておこう。一ヶ月あれば工作など容易いわ」


「あれらと同じ空気を吸うのは不服だが、一月ならば我慢してやろうではないか」


 最後に『侵蝕率』を8%まで上げ、透視できる『眼』で貴族連中の顔を記憶した。2%『侵蝕』させた『脳』なら数十人の顔を覚えるのも訳ない。


「僕がみんなを殺させない。腐れ貴族は勇者たちを殺せない。そういうシナリオを僕(モブ)が作るんだ」


 どうやら勇者についての計画はまとまったようで、腐れ貴族たちは別の話を始めた。


「そうだ。前にお前が言っていた精霊樹の調査はどうなったのだ?」


「それなら他国と協力し、王国騎士団の特殊部隊が派遣されている。心配なかろう」


 想定していた以上の成果があり、アオイは『侵蝕』を解いてバレないうちに離脱する。

 仮面とマントを忘れず外し、どうやって正体をバラさず企てを潰そうか策を考えながら歩く。

 さらっと作業に戻ろうとしていたのだが、


「──王女様!?」


 近距離から聞き覚えのある声。

 ふと首を右に向けてみると、建物の骨組みに頭を打つレスティがいた。さっきの声は騎士団長のグルングルンだ。

 レスティは無抵抗に倒れ、グルングルンが心配と困惑の表情で駆け寄る。


「ど、どうされたのですか!? 昨晩から様子がおかしいように見受けますが……」


「はぁ……どこに行ってしまわれたのですか──様。私はこんなにもお会いしたいのに……放置プレイは辛いです」


「ほうっ!? 王女様ぁ!? 本当にどうなされたのですかッ!?」


「せめて一言……『待て』と命令してくだされば……」


「王女様ァー! それは禁断の扉です!!」


 遠目からでよく見えずはっきりと聞こえないが、どうやらレスティはなにかしらの要因で上の空らしい。

 グルングルンが顔の前で手のひらを振っても、レスティの眼差しはその先じゃないどこかを見ているようで。


「うーん……まぁ、関係ないことかな」


 別にレスティがどうなってもいいし、非常性はないと判断したアオイはスルーした。一度はスルーしたのだが、


「あっ、王女に協力してもらえば手っ取り早いじゃん。シャドウパラ……影の聖騎士フォームなら恩を売ってるわけだし、多少のお願いなら聞いてくれるかも」


 貴族を相手にするのに王族を味方にできれば最強の助っ人だ。まさに鬼に金棒。

 多分使い方が間違ってる気がするが、とにかく、レスティの協力を得られればいい。


 明るいうちは目立つため、夕方以降に一人になったレスティと話そう、とアオイの策は固まった。

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