12 『月下の影』


 ──闇を月光が照らす。


 当番制の復興作業は進行するが、参加していない者は静かに眠る。

 静けさの中に騒音が響き渡る半宵、月夜に紛れて一つの影が動く。


 完全な壊滅状態から二日が経ち、真っ先に直された王宮殿は元の姿を取り戻していた。

 門の脇に立つ見張りの目をかいくぐり、影はまんまと王宮殿への侵入を果たす。そこまでは順調だったが、王宮殿には初めて足を踏み入れたゆえ、道を知らない影は見回りに見つからないよう慎重に部屋を調べる。


 無数とも思えてくる部屋のひとつひとつを調べる、という途方もない作業。気が遠くなってきたが、それっぽい部屋を発見した。

 ピッキングで鍵を開けるが、中から変な声が聞こえてきたので見なかったことにして閉じる。ここは国王の部屋だった。


 国王の部屋の向かい側。といってもこの長い廊下を突き当たり、もう一つ、他とは明らかに違う豪華なドアを見つける。


 さっきと同様にピッキングしようしたが、なかなかスムーズにいかない。これはおそらく、最近になって貴族たちに出回るようになったディンプルキーだ。

 ディンプルシリンダー錠はまだ深く浸透していないが、通常よりピンが多いためピッキングがやりにくい。

 さすがに五分以上はかかる。そうなると見回りに気付かれてしまう。


 仕方なく影はピッキングを諦め、この部屋の位置を覚えてから王宮殿をあとにした。

 だが門はくぐらず、裏庭に回って先程の部屋を確認する。三階だったから多分あの辺りだ。

 窓や窪みを利用して壁を登り、目的の部屋の窓にかけた両手の指で全体重を支える。


 カーテンのせいで中は確認できない。無謀に窓を破壊すれば見回りにも気付かれる。だがしかし、なんの問題もございません。

 ポケットに忍ばせておいたライターを取り出し、着火させて窓を炙る。そうすることで割れやすくなり、些細な音で窓を割ることが可能となるのだ。


 やはり防犯対策はしていたようだが、一分もすれば準備万端。素手でガラスを破り、外から鍵を開けて侵入成功。

 と、油断した影の目の前には、暗闇で輝くライオンとタイガーが計五匹。


「──何者です!」


 この部屋の主──王女であるレスティと聖獣は、影を警戒と敵対の眼差しで睨む。が、影と目が合った途端、レスティは目を見開いて聖獣を全てしまう。


「シャ、シャドウパラディン様……!」


 その名で呼ぶな! と叫びたいところだが、そんなことをすればこの部屋に警備が押し寄せる。

 自分で撒いた種だ。影ことアオイはもうその名前に慣れるしかなかった。


「すみません! 少々お待ちください!」


 そう言ってレスティがクローゼットから服一式を持っていき、部屋内の別室に籠もって十分後──


「お、お待たせしました」


 パジャマ姿から普段の正装に着替え、少し乱れていた髪型はすっかり整えられていた。

 寝室に置いてある鏡で最終確認をし、満足げな表情でレスティはアオイの前に立つ。


「先程はお見苦しい姿を見せてしまい……シャドウパラディン様、今宵は私になんのご用でしょう?」


 なぜだがわからないが、レスティに生えている尻尾がブンブンと振られている幻覚が見える。アオイが小学生の頃、寿命で死んでしまった愛犬のヘリックスを思い出す。


「どうされました?」


 ぴょこんと犬耳まで生え、なぜかレスティが犬に見えて仕方ない。


「……なんでもない。それより、今日はお前に頼みがあって来た」


 アオイの言葉に、レスティは過剰と思える満面の笑みを浮かべる。


「なんでも言ってください! シャドウパラディン様の頼みならどんなことでも!」


 なぜそこまで食い気味なのか、大層なことをした覚えのないアオイは疑問に思ったが、なんでもというなら言わせてもらう。


「実は貴族たちの動きが怪しくてな。勇者を始末しようとする企てを小耳に挟んだ」


「──!」


 犬耳と尻尾の幻覚が消え、レスティの表情は真剣なものへと変わる。


「それは……大変な情報ですね。私や国王に隠れてそのような」


「その計画を止めようと思ったのだが、それには権力を持つ王女の助けを借りるのが最善と思ってな」


「そうですね。この国で私ができることは多いですから」


「だがその前に、お前がその計画に加担してないという証拠がほしい。そのために侵入して探ろうとしていたのだ」


 そのために、バレないよう泥棒みたいな真似をする羽目になった。結果は失敗に終わったが。

 アオイから疑いを目を向けられるが、予期していたかのようにレスティは考え込み、


「なるほど。そういうことでしたら……私がシャドウパラディン様の奴隷になります」


 わけのわからない結論を出した。

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