13 『契約と命令の協力』

「……は?」


「シャドウパラディン様の奴隷になります」


「リピートしてとは言ってないけど?」


「シャドウパラディン様の奴隷になります」


「あの、すみませーん。このロボットの修理代っておいくらになりますかー?」


「説明しますと、勇者の中に<契約者>の称号を持つ者がいまして、その勇者からこんな物を買い取りました」


 壊れたかと思ったが、まともに会話できる機能は回復したらしい。レスティは一見なんの変哲もない首輪を取り出す。


「それは?」


「これは奴隷の首輪です。ちなみに、命名したのはなにを隠そう私です」


「ふーん……で?」


「これをシャドウパラディン様が持ちます」


 と言ってその首輪をアオイの手に渡し、


「そしてそれを私の首をつけます」


「うん?」


「そうすれば契約成立です。この場合、シャドウパラディン様が契約者となりますので、シャドウパラディン様が契約を解除しようとしない限り、私はシャドウパラディン様の命令には決して逆らえません」


「……もし逆らえば?」


「この頭と胴体は永遠のお別れですね。強制力に逆らえば肉体は耐えられませんから」


 にこやかな顔で、レスティは恐ろしいことを言う。


「……信用しすぎだろう。こんな怪しい男になぜそこまで肩入れする」


「はい? シャドウパラディン様こそ絶対です。私やこの国はシャドウパラディン様に従います。至極当然のことですよ?」


 まるで、なに言ってるんだこの人、と言いたげに首を傾げるレスティを、アオイは、なに言ってるんだこの人、と目で語る。

 だが、今のレスティにどんなことを言っても効果はない。なら適当を合わせてさっきと話を進める。


「ならもうそれでいい。とにかく、今はこの首輪の効力を試す必要がある」


「なら地下牢獄にご案内します。死刑を待つ囚人相手なら、どんな命令でもやりたい放題ですから」


 信用しすぎだと突っ込む気も失せるほど信用してくるレスティの案内で、見回りを素通りに地下へ辿り着く。


「これから会うのは確実に死刑になる囚人でふ。まだ五歳だった貴族の娘を誘拐し、身代金を奪っただけでなく、その娘を犯し殺した人間の失敗作です」


「変態ロリコンサイコクズ野郎だな。国王に許可なく殺してもいいのか?」


「許可など必要ありません。あれは囚人などに興味はないですし、私に勝てる話術も持ちませんから」


 実の父である国王を『あれ』呼ばわりするレスティに驚きつつ、案内されるがまま牢獄の最奥に到着。


「あそこにいるのが例の男です」


 両手両足が鎖に繋がれ、口には猿轡さるぐつわを噛ませられている。全身に鞭で痛ぶられた痕があり、肌が爛れている箇所の肉が丸見えだ。

 アオイはその男へおもむろに近づき、首輪をはめたあと猿轡を取る。


「……なんだてめぇ。王女様も一緒とは、俺の処刑の日時でも決まったかい? それとも王女様が俺の相手をしてくれるのかな?」


「さて、なんの命令を出そうか」


「いきなり殺すのはもったいないですから、最初は簡単なものにしてみては?」


「簡単なものか……なら」


「おいてめぇら! 俺様を無視すん」


「黙れ」


「――っ!」


 アオイが命令した途端、男は口をパクパクと動かして金魚の真似を始めた。


「喋ってもいいが俺の命令を聞かず動くな」


 そう言ってから手枷と足枷を外し、アオイは男を鎖から解放させる。が、契約の力がちゃんと作動し、男は一切の身動きをしない。


「な、なんだよぉ、これはぁ……」


「自分の右腕を噛みちぎれ」


「――――ッ!!」


 自分で自分の右腕に噛みつき、肘から下が地に落ちて血が噴き出す。


「よし、確認はこれぐらいでいいや。床に自分の頭を打ち続けろ。永遠に」


 絶望に染まった男の意思とは関係なく体が動き、硬い床に何度も何度も休みなく頭を打ちつける。


「あと声は出すな。近所迷惑だからな」


 痛みに絶叫することも禁じ、アオイとレスティは地下牢獄を出た。

 部屋に戻ったあと、アオイはレスティに首輪のスペアを装着させる。同じ物であるかは『侵蝕』させた『眼』で確認済み。


「貴族たちの勇者を暗殺する計画に協力しているか答えろ」


「協力は一切していません。私は無関係で、その話はシャドウパラディン様から聞いたのが初耳です」


「これで確認は終わったな」


「次の命令はなん」


「契約は解除する」


 解除すると首輪は自動的に外れたが、レスティは死んだ愛犬を抱えるように首輪を持つ。


「な、なぜ契約を解除してしまったのですか!?」


「いや、もう命令することないし」


「一国の王女を好きにできるんですよ!?」


「はぁ、もう王女に命令することはない。貴族の計画を潰すのには協力してくれるのだろう?」


「あんなことやこんなことも、そーんなことまでできちゃうんですよ!?」


「……なにを言ってるのかわからんが、引き続き協力を頼む。王女は宮殿内から貴族たちを探ってくれ」


「頼みではなく、命令してくれないと私は動きません!」


 レスティはベッドであぐらをかき、ここは譲らんと言わんばかりに腕を組む。


「なぜそんな命令にこだわる……まぁいい。ならば王女、俺に協力しろ。お前は宮殿内から貴族を探れ」


「アイアイサー! これ、<思念伝達>の勇者が作った『デンワ』という道具です! 遠くからでも会話できる代物らしいので、シャドウパラディン様に渡しておきます!」


 委員長の能力か。形は完全にスマホそのもの。電源をつけるボタンもある。機能は通信するだけだろうが。


「勇者はチャンネルを繋げてなんとかと言ってました。詳しくは理解できませんでしたが、要はこの『デンワ』は私にしか繋がりません。こちらから連絡を入れると点滅して光るらしいので、画面に触れると繋がります。シャドウパラディン様から連絡があれば、この突起部分をカチッという音がするまで押してください。私は肌見放さず持っていますからすぐに出られます」


 このボタンは電源をつける用ではなく、電話をかけるときに使うらしい。これは委員長の<思念伝達>とは違う。


「この突起部分は勇者が?」


「さすがシャドウパラディン様! その通りです! 勇者の中では珍しい金髪の女が持つ<放出>という称号を使っています」


「そうか……ちなみになんだが、これは外部に渡していい物なのか?」


「『決して外部に漏らすな』との王命がありますが、私にしては王命などよりシャドウパラディン様の命令こそ絶対なので」


「なぜそこまで信頼されているかわからんが……今は王命より勇者の命が最優先だ。明日にでもなにかしらの情報は掴め」


「はい! シャドウパラディン様の命令! この命に替えても遂行します! できなければどんな罰でも受ける所存です!」


 もうレスティが怖くなってきたアオイは、できるだけ同じ空気を吸わないように、別れの挨拶もなく窓から部屋をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る