14 『ある幼馴染とパンケーキ』
貴族たちはレスティに任せ、アオイはまともな話ができる討伐隊連中と話していた。
「復興作業もそろそろ後半だな」
「つってもあと二日で半分だろ」
「前半の方が大変だかんな。後半は三日ありゃ終わるんじゃね?」
「聞いた? あのパンケーキ屋、営業再開したらしいよ」
「おぉー、マジか!」
「あそこのパンケーキうめぇんだよなぁ」
「甘いの苦手な俺でもいける」
「味の種類も豊富だしな」
またあるところでも――。
「おっ、タクルじゃないか。どうしたんだい?」
「おにいちゃん!」
「おぉー、ドナーちゃん」
駆け寄ってくるドナテッラをしゃがんで受け止め、頭を撫でながらアオイはウィルンと話す。
「無事に回復して良かったですね」
「ああ。肺がやられてたから一時はどうなるかと思ったけどねぇ」
「そういえば聞きました? あのパンケーキ屋、営業再開したらしいですよ」
「なに? それは行かないとだねぇ。タクルは朝食まだかい?」
「僕はまだです。今から再開したお店を見て回ろうかなーって思ってたところです」
「決まってないなら私たちとパンケーキ食べに行かないか? タクルと一緒ならドナも喜ぶだろう」
「おにいちゃんと一緒にいくー!」
「よし、決まりだ。タクル、行くよ」
まだなにも返事してないが、ウィルンは自分の意見を押し通すタイプなので勝手に話を進める。
とはいえ、
「いいですね。僕もドナちゃんとご飯食べるのは初めてなので楽しみです」
アオイに断る理由もない。というか最初から一緒に行くつもりで声をかけたのだ。
二箇所でパンケーキの話を大声で噂し、仕込みは万端。あとはウィルンたちとパンケーキを食べながら、あの二人が来るのを待ち構えるだけ。
▶ ▷ ▼ ▽
「いらっしゃいませ〜。二名様ですね〜。あちらの席へどうぞ〜」
こなれ感全開の店員に案内され、帽子やサングラスをかけて変装している二人はアオイたちの斜め前の席につく。
正体がバレないための変装だが、アオイにはあの二人が誰なのかわかる。
「偶然ね。海も噂を聞いていたなんて」
「パンケーキと聞いて来ない手はない。種類も豊富とか言ってたし」
「正体バレてないかしら」
「なんか芸能人みたいだな」
「勇者なんだから、こっちの世界では芸能人より有名人なんじゃない?」
「確かにそうかもな」
撒いた餌に食いついた。仲良さげにトークする二人は、帽子とサングラスでも隠しきれない芸能人の比じゃないオーラを放つ。
わずか二年の付き合いではあるが、アオイがよく知る人物。幼馴染同士の美男美女で、並ぶとより一層絵になる。
「まさかこっちの世界にもパンケーキがあるとは思わなかったわ」
「あれだけ有名なパンケーキなら相当うまいだろうし、楽しみすぎる」
「同感ね」
やはり幼馴染だからか、凪と海の大好物は共通してパンケーキだ。特に凪は、アオイが作るパンケーキを週五のペースで食べに来ていた。
「それにしても、討伐隊でもパンケーキなんて可愛いもの食べるんだな」
「パンケーキは最強よ。嫌いな人はこの世に存在しないわ」
「この前『パンケーキ 嫌い』で検索してみたんだが」
「パンケーキは最強よ」
「……そうだな」
二人に聞こえるよう噂を撒いた甲斐あり、たまたま鉢あって一緒に食べる、という必然を作り出す作戦は成功。
内心、アオイが達成感を抱いていると、
「どうしたんだい?」
「おにいちゃん、ケーキおいしくないの?」
ウィルンの隣に座っていたドナテッラが、凪と海の様子を伺うアオイの隣に小走りで移動してくる。
凪と海に集中してすぎていたと気付き、アオイは隣にきたドナテッラの頭に手を置く。
「なんでもないよ。パンケーキ美味しいね」
止まっていた手を動かすと、ドナテッラがアオイのパンケーキをじっと見つめていた。
それを見たアオイは残り二枚のパンケーキを分け、
「いる?」
ドナテッラのお皿に半分を乗せる。
「いいの?」
「少し冷めちゃってるけど、ほしいならあげるよ」
「ほしい! おにいちゃん、ありがとう!」
天使と見紛うドナテッラの笑顔。パンケーキ一枚でそれが見れるなら充分に釣り合う。
「悪いねぇ。私のも一枚あげたんだが」
「全然いいですよ。子供の笑顔は世界を救いますから」
凪と海のパンケーキも到着したが、ラスト一枚を食べ終えたアオイはこれ以上店内に居座れない。
「今日はありがとうねぇ。ドナもタクルが守ってくれるなら大歓迎」
「討伐隊はやめませんよ。僕の手が届く範囲にいるなら、この命に替えても守りますけどね」
「自分の命は大切にしなよ。その気持ちは私もドナもありがたいけどねぇ」
本当はもっと凪と海に協力したかったが、次の客に迷惑はかけられず、アオイはおとなしく店を出る。
ウィルンたちと別れた直後――ポケットに入れていた電話が振動した。
▼ ▽ ▲ △ ▼ ▽
「あれー? うみっちじゃーん!」
日本と肩を並べられるほど美味しいパンケーキを食していると、入店してきた異世界でも目立つ派手な三人組が海に声をかける。
海は『かい』と読むが、ギャル連中はあえて『うみ』に変換しているのだ。
「よっ、相川」
「なにー? うみっちもパンケーキ好きなん……あぁー、愛原さんもいたんですね」
怖いものなしのギャルですら敬語になる殺気と冷気。クラスで恐怖の象徴となっている凪は、大好きなパンケーキを頬張る姿ですらギャルからすると怖い。
「二人きり〜?」
「デートじゃ〜ん」
「ちょ、お前らマジでやめた方がいいって」
他の二人が茶化す中、金髪ツインテールの
「ビビりすぎっしょ。うけるんだけど〜」
「それなー」
「てかお前愛原さん怖がりすぎくね〜」
「それなー」
「それでもこれでもうけても大草原生やしてもなんでもいいから、お前らほんと黙れ!」
「真剣すぎ〜」
「やっぱ二人付き合ってんの〜?」
「冗談抜きで死ぬってマジで!」
文夏は追い詰められた様子で恐る恐るチラ見するが、凪から冷気は出ていない。
「あ、れ……?」
呆気にとられる文夏の顔を見て、
「私もこのままじゃだめだと思ったのよ。その程度の冗談にいちいち反応しててもきりがないわ」
口に含んだパンケーキを飲み込んだ凪が答えた。
「え〜、冗談じゃないんだけど〜」
「お前らマジで」
「冗談は顔と髪と爪とメイクと言葉遣いと男関係だけにしてくれる? 海と付き合うことはまずないわ」
バッサリ言い捨てる。そこに感情は籠もっていない。当然のことを言っただけの凪は、冷める前にパンケーキを食べ進める。
幼馴染の意見に賛同し、海もうんうんと頷いていた。
「俺も同じ意見だな。そもそも別に好きな人いるし」
「マジ〜?」
「誰なん? 同じクラス?」
「言うわけないだろ。お前らに言ったら十中八九言いふらされる」
「チッ、バレたか」
「うみっちの好きな人とかビックニュースだし〜、ネタにするしかなくね?」
「それなー」
「てことは愛原さんにも好きな人が?」
パンケーキをよく味わって噛み、切なげに飲み込み、残り一切れのパンケーキと、過去の思い出を眺めながら、
「いるけど……いないわ」
そう一言だけこぼし、最後の一切れを凪は哀しい表情で口へ放り込んだ。
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