15 『陰は影で』


 王都内でも王宮殿周辺は特に栄えており、貴族も多いことから復興は優先された。そのため建物もほとんど元通り。日の目が届かない路地裏も復活。

 路地裏に入ったアオイは影の聖騎士フォームとなり、無音で振動する電話の画面をタッチする。


『――あっ、わ、私でしゅ!』


 電話から、というよりスマホに似た機械を中継地点として、裏返ったレスティの声が頭に直接届いた。

 耳に当てる必要も喋る必要もないので、アオイは電話をポケットにしまう。


『どうした?』


『は、はいっ! シャドウパラディン様と話したくて繋ぎました!』


『では切る』


『あのっ、すみません! 今のは、その……そう! 建前です! 実は、シャドウパラディン様に伝えておきたいことがありまして』


 なんの建前かは謎だが、ようやく入ってくれた本題に耳ではなく意識を傾ける。


『仕事を後回しにして宮殿内を散策していたのですが、普段あまり使われない部屋に貴族たちが集まっていました。廊下から耳を澄ませまし、全てでなくとも大まかな会話の内容は把握しました』


『ほう』


『シャドウパラディン様の言っていた通り、貴族たちが勇者を殺そうとしているのは間違いないようです』


『そんなことはわかっている。無駄な話はするな。時間が惜しい』


『はひっ! ごめんなしゃい!』


 なぜか嬉しそうな声色のレスティは、こほんと咳払いして仕切り直す。


『話を長引かせたかったんですが……結論から言いますと、貴族の計画は明日にでも実行されそうです』


『なに?』


『専属の兇手を使って二人の勇者を殺そうと言っていました』


『二人?』


『<遊戯>と<思念伝達>の勇者です。正確には殺すのは<遊戯>だけで、<思念伝達>の方は利用すると』


 その二つの称号は、委員長とテニス部くんだ。委員長の称号を見たときにクラスメイト全員の称号も確認済み。


『私が聞いた内容はこんなところです』


『その内容を国王には?』


『言っても無駄ですよ。計画に加担する貴族の中には重要な立場の者もおりまして、証拠がなければあの国王は不問にするでしょう』


『勇者が死ぬのにか』


『確固たる証拠さえあればいいんですが』


 地球なら盗聴器やら監視カメラやら使えるが、そこまでの技術はこの世界にまだない。仮にそれができたとしても、世界に浸透していなければ信憑性として欠ける。


「……手間を惜んでる場合じゃない、か」


『はい?』


『その件の調査は引き続き任せた。他に策がなければ俺がなんとかする』


『わかりました。実行場所が不明なので、今日中にその辺りも探ってみます』


『今回はいい仕事をしてくれた。俺から感謝を言っておこう。ありがとう』


『シャドウパラディン様が、私に感謝を……私がこの世に生を受けたのは、今この瞬間のためだったのですね……。これからも、私の全てはシャドウパラディン様だけのもの。本物の奴隷でなくとも、どんな命令にも従』


 要件は済んだので電話を切り、ポケット内の振動を感じながら、アオイは通知オフ機能の追加を望んだ。



▶ ▷ ▼ ▽



 ――月明かりの届かない夜。


 闇を照らす月は雲に覆われ、寝静まる黒髪の少年の窓が一枚外れる。

 黒衣の男は外から、ベッドの上で布団を蹴飛ばし間抜けヅラを晒す少年を確認し、隠し持つククリナイフを逆手に握り――


「――ここまでご苦労さま」


 顎に強烈な衝撃が生じ、重力から遠ざかって、脳震盪を起こした黒衣の男は気を失う。


「さすがシャドウパラディン様。惚れ惚れする一撃でした。素敵ですっ」


 黒衣の男を担ぎ、寝相の悪いクラスメイトに気付かれないうちにアオイはレスティを連れて窓から出る。

 ここは二階だが、レスティが召喚した鷹似の聖獣に乗って移動し、今まさに女子の部屋に侵入する黒衣の変態を鷹爪で掻っ攫う。


「なっ、なんだ貴――っ」


 鷹の背中から爪まで降りたアオイは、黒衣の男の鼻に開封した瓶を向ける。すると、黒衣の男はゆっくりとまぶたを閉じた。

 アオイは黒衣の男の瞳を確認し、眠っていると確証を持ってから鷹の背に戻る。


「あとは情報を聞き出すだけだ」


「シャドウパラディン様はなんでもできるんですね。さすがです!」


「……ピッキング、窓割り、薬品、身元不明、隠密行動、仮面、どれを取っても俺は怪しい。この国を牛耳るため、王女であるお前を利用している、かもしれない」


 信用されているのが逆におかしい。王女は騙そうとしているのではないか、とアオイは黒衣の男から奪ったククリナイフを持つ。

 脅しを兼ねてそうしたのだが、当の本人は顔を高潮させていた。


「シャドウパラディン様にならもっと利用されたいです! 私はシャドウパラディン様の駒でいいです! あなた様は国を牛耳るべきお方なのですから!」


「……お前、俺じゃなければ絶対悪いやつに騙されてるからな」


「ご安心を! シャドウパラディン様に従っていれば安全です!」


「そういうところが危うい」


 ここ数日で、レスティのイメージが結構かなりガラリと変わった。

 幼いながら優秀でイキってる性悪女と思っていたが、人を信じやすすぎる子供だ。王女としてはまだまだ未熟と思える。


 そんなレスティの案内で、アオイは牢獄の隣にある王宮殿地下施設にやってきた。


 日本でこの光景を見たら、まずSMルームと勘違いすること間違いなし。だが、ここは殺伐とした異世界であり、この部屋にある物全てが本物の拷問器具だ。


「よし、じゃあ始めるか」


 クラスメイトたちはなにも知らなくていい。自分がやることは彼、彼女らの物語とは無関係。

 物語の外で起こった表に出ることなきモブたちのやり取りであり、陽光スポットライトに照らされた主役は知らない出来事。


かげかげ始末けりをつける」


 この日、囚人たちは深夜に目を覚ます。そして、後にその全員がこう語った。


 ――今から待ついかなる厳罰より、耳から離れないあの日の慟哭が恐ろしい、と。

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