16 『どうしようもない』
朝方――
今日の王宮殿は騒々しく、騎士団や貴族たちがこぞって慌ただしかった。
それもそのはず。半日かけた拷問の末、黒衣の二人組はそれぞれの雇い主が明かしたのだ。うち一人は貴族の中でも階級が高い。拷問官とレスティ王女が自白を証言する。
「私はなにもやっていない! 陰謀だッ!」
「その手を離せ無礼者がァ!!」
拘束された二名の貴族が暴れるが、個人の力で騎士団に勝てる見込みはゼロ。それでもおとなしくしないのは、これまで見下していた者たちに身動きを封じられる、その現実が受け止めきれないのだろう。
ロープでぐるぐる巻きに縛られた貴族二名は、貴族の列に平然と並んでいる協力者たちを睨む。
「私を処罰するなら奴らも同罪です!」
「王様! 直ちにあの者らを捕えてください!」
玉座に座して一枚の紙を受け取った国王は、みすぼらしい貴族二名を見下し、
「余に命令するとは……貴様らはいつからそんなに偉くなったのだ?」
「い、いえ、王様のためを思ってのことです! あの者らを生かしておけば、例え私を処刑したとしても勇者の命は狙われます!」
「どうか奴らにも拷問を!」
「くどい!!」
「――っ」
「彼らは長年余に仕える由緒正しき家系の者たちだ。貴様らのような犯罪者と一緒にするでない!」
国王の強い言葉で貴族二名は黙り込み、下唇を噛んで血を流す。
それを見て嗤う貴族たちに気付かず、国王は手元の紙を読み上げる。
「テイルワ・ギル、ツアサン・パッシィ、両名に、勇者暗殺未遂の罪で斬首刑を言い渡す! 王国騎士団よ! 罪人二名を処刑台へ!」
王命を受けた騎士団に無理やり立ち上がらせられ、無抵抗に連れて行かれるギルの背を見て、
「王国ッ! 本当に良いのですかッ!!」
パッシィがそう叫んだ。
この場にいる誰もに往生際が悪いと罵声を浴びながら、パッシィは悪あがきを続ける。
「帝国との貿易の約三割は私の家が作り上げた企業による物資なのですよ! 私がいなくなった今、私の家はもう貴族ではない! 帝国の怒りを買うのがわかりませんか!」
力を緩めた騎士団の腕を振り払い、パッシィの演説で貴族たちは意見が割れた。
勇者を暗殺しようとした罪は許しがたいが、かといって帝国を怒らせるのはまずい。
揺らぎ始めたこの場でさらに、
「帝国との貿易はもう日時が決まっております! 私が死ねば約束は破られ、帝国がなにかしらの動きを見せるのは必至! あの皇帝です! 最悪の場合、戦争にまで発展しかねませんよ!」
パッシィは追撃を繰り出す。
「うっ、ぬぅ……」
遂には国王まで言葉に詰まり、パッシィを生かすべきなのではないかと意見も上がる。
これでまた貴族に返り咲ける、とでも語る顔を浮かべたパッシィはそのまま静止した。
全く動かなくなったパッシィの異変に気付き、なにが起こったと混沌とする場に――
「――生かす選択肢はないわ」
美しき冷徹な声が刺す。
ここにはいないはずの人物。貴族二名の処刑が終わるまで部屋で自由にしてくれ、と言われている勇者が一人――<絶対零度>の凪が拳を握る。刹那――凍結していたパッシィは粉々に砕け散った。
「氷はすぐに溶ける。血が飛び散らなければここで処刑しても問題ないわよね?」
十人以上の騎士団に囲まれても尚、その表情は冷たいままに動かない。冷徹な瞳が国王すらも震え上がらせ、
「よ、よい。騎士団よ、下がれ。彼女は勇者の中でも最強と言って過言ではない。騎士団が総出で挑んで勝てるかどうか……そういう次元なのだ」
一国の王にそう言わしめた。
「帝国の件はこちらでなんとかする。勇者を暗殺しようとした罪は重い。仲間を狙われたのだ。あの者が彼女に殺されても、文句を言える者はこの場におるまい」
国王に反論の意見はない。静まり返ったこの場には、身を翻して去る凪の足音だけが響いていた。
この騒動を、レスティの電話を通じて聴いていたアオイは眉間にしわを寄せる。
「これは……困ったことになったな」
『あの者が言っていた通り、おそらく帝国は動き出します。いずれ、この王都も戦場と化すかもしれません』
『皇帝なら戦争で見たことがある。あれは自分の感情に従って動く男だ。期限を違えばまず怒り、王国に攻め入る可能性も充分』
それに実力も相当なもので、大将の癖に最前線に立って討伐隊をなぎ倒していった。皇帝が積み上げた死体の山には、アオイの仲間だった三人も入っている。
あれには魔獣も世界の危機も関係ない。自由のための権力、娯楽の闘争を求めて彷徨う欲の塊であり化け物だ。
『どうしましょうか? 私にできることがあれば、なんなりと命令してください!』
『要は期限を守ればいい話だが……王国が次に帝国と貿易を行う日時はいつだ?』
『それが……わずか三日でして』
『なるほど。万が一失敗したときの布石……最後の切り札として用意してたわけか。だからこんなに早く暗殺を行動を移した』
気に入らないから殺すとかいうわがまま貴族でも、無駄な悪知恵のときだけは頭が回るらしい。
わがままなのも悪知恵も、全てはこれまで過ごしてきた環境の影響だろう。あの貴族は生まれたときからこうなる運命だったのだ。
『あの者が持っていた企業はかなりの数があります。帝国に輸出する物資を生産する企業だけでも多く、三日でその全ての手続きを完了させるのは物理的に不可能です』
『他に方法はないのか?』
『国自体のルールを変えてしまえば可能ではありますが、確実に不可能ではないにしろそれも時間が足りません。私の目から見ても不可能と断言できます』
『無理な話をしろとは言っていないが、わざわざ言ったということはそういうことか』
『はい……すみません。現状、帝国との衝突は避けられないかと』
良くも悪くも優秀なレスティが『どうしようもない』と諦めた。
アオイも思考をフル回転させるが、国のことはよく知らないためなにも思いつかない。
「そうか……今回ばかりはどうしようもないかもな」
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