17 『シャドウパラディン 世界会議編』

 王都の復興は六割方終わった。

 凶悪化した魔獣によって人口が減り、元の六割でも全員が充分に暮らせる。


 魔獣による被害は他国からも支援を受け、その驚異が世界中に示された。不幸中の幸いというべきか、危機感を煽られた国々は協力的な姿勢を見せ、王国を含めた対魔獣連合軍が結成される。


 何十もの国々が講和条約を結び、《人間の力を一つに》というスローガンを掲げる連合軍に続々と加入。

 連合軍は勇者を筆頭に、凶暴化した魔獣の数を減らしていく。その活躍から他国も勇者を受け入れ、一端の貴族たちでは手が出せない存在となった。


 一見すると、共通の敵とする魔獣を倒すために人間全員が手を取り合っている。だが、連合軍に加入している国は世界の半数程度。残りは魔獣に怯えて引き篭もったか、未だに他国が信用できないか、帝国に侵略されて指揮権を奪取されたか――。


「――議題にも上がっている通り、帝国の行動は人間を滅ぼしかねません。このままではいずれ、帝国も残り過半数の国を我がものとし、連合軍を取り込む目論見かと」


「帝国は我らと手を組む気はないと言っています。王国との貿易に問題があったのも皇帝の怒りを買った一端なのでは?」


「ならばどうする。勇者を我々の戦争に巻き込むのか? 彼らは魔獣討伐にのみ協力する約束がある」


「正式に条約を結んだわけではないのだろう? 勇者とはいえ所詮は子供。口約束など大人の世界には通用しないと思い知らせてやればいいではないか」


「だがそれで勇者と敵対すればどうなる。もし勇者が帝国に加担すれば、我らには無条件降伏以外の道はない」


 連合軍でも大国の指揮系統を任されている大物たちが集結し、円卓を囲んで頭を悩ませる。


「そもそも勇者のリーダーが帝国の有力な取引相手を殺したのだ。その事実は弱みにできる。私が直接話してやろうか? お優しい勇者様のこと、うまく丸め込める自信はある」


「単独であれば我らからも頼みたいところ。だが失敗すれば貴様の命はないかもしれんぞ?」


「案ずるな。人間の未来のため、私は命を賭けよう。あの<絶対零度>と<光合剣>さえ頷けばいい。他にも有能な称号の勇者もいたが、その二人がいれば皇帝と戦えるだろう」


「しかしな、勇者はまだ子供。戦争に巻き込むべきでは……」


「そんな甘いことを言っているようでは世界など救えん! すでに帝国は動きを見せている! 我らのいずれかの国に、あと二日もあれば侵略されてなんら不思議ないのだぞ!」


 ちょび髭の男がテーブルを叩き、鎧を着る王国騎士団長グルーンは押し黙った。


「その通り! 子供にはすまないが、やはり皇帝には勇者をぶつけるしかない!」


「勇者であれあの皇帝も討てるだろう!」


「私も賛同しよう」


「私もだ」


 勇者を戦争に軍事利用する、という意見は賛成派が九割以上を占める。


「ならばこの案は決定としよう」


 ほとんど繁盛一致の多数決で決し、また新たな問題の議題へ移ろうとするところに、


「――勇者を戦争に出す案は却下だ」


 上から声がした、と思い見上げた男たちの虚をつき、囲んでいた円卓に強烈な衝撃。中心に落ちたことでテーブルは派手に壊れ、武器を取る男たちの矛先には仮面をつけた黒マントの人物。


「なんだ貴様は!」


「もしや帝国からの間者か!」


 仮面マントの人物は男たちの敵意は意に返さず、自己紹介をしなければならない憂鬱な気持ちと葛藤していた。が、意を決してこの名を叫ばなければならない。


「我が名はシャドウパラディン。陰を守護する影。陽に当たらない聖騎士だ」


 こんな大勢の前でこの中二発言は正直、穴があったら入って叫び狂いたいレベルに恥ずかしいが、ここで臆してはシャドウパラディンの存在感を際立たせられない。

 役者になった気で演技し、アオイは身も心もシャドウパラディンとなる。


「シャドウパラディン、だと……まさか、あの……!」


「馬鹿な! シャドウパラディンなど平民の与太話に登場する架空の人物のはず……!」


「実在したとでもいうのか!」


「口ではなんとでも言える! 偽物に決まっているだろう!」


 槍を片手に男はジェット機に等しい速度で特攻。だがその先にアオイの姿はない。


「なっ! 一体どこに……」


 驚愕のあまり困惑する男の肩に、背後からアオイが手を置く。


「これで信じてもらえたか?」


「――っ」


 男は息を呑む。

 ご自慢の速度を超えられた男だけでなく、この場にいる者たちも、アオイの正体が例の人物なのではないか、と頭に過る。

 いい流れになってきたところでアオイはもうひと押し。


「俺は勇者より強い。俺をシャドウパラ……影の聖騎士だと信じる必要はない。ただ受け入れろ。そうすれば戦争に赴いてやる」


「信用できない者を味方に添えるわけには」


「信用もなにもない。俺は純粋な実力でお前たちを凌駕している。殺していないのが味方であるなによりの証だ」


「ほざけッ!」


 男が飛びかかる前に10%まで『侵蝕率』を引き上げた『脚』で床を踏み抜く。刹那――塔は崩壊し、男たちは重力に従って落ちない。全員が宙で止まり、一人を除いて地に降ろされた。


「なるほど……<重力波>か。宙に留めておくには自分の身一つしか持たない、と」


「なぜわかった」


 宙に浮くちょび髭の男は片目を細める。


「見てればわかるが、この『眼』を通せば推測ではなく確信になる」


「……私はリグネス王国のナチュラリアス序列一位――フェリウトだ。貴様を信用するわけではないが、この場にいる全員が協力して尚、及ばないのは間違いない」


「理解が早くて助かる。勇者の代わりにはなるだろう?」


「いや……それ以上だ」


 だいぶ派手なことをやってしまったが、ナチュラルなんとか一位と握手を交わせたので上出来だ。


 他の偉い立場の連中にも友好的と言い難いが受け入れられ、アオイはクラスメイトたちの戦争参加を止めることに成功した。

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