18 『シャドウパラディン、死す』

 世界会議は、王都の余った土地に新たに建設された連合軍共同基地で行われた。

 アオイが派手に破壊したので、完全に修復するのにまる一日かかるらしい。


 路地裏に入って出たときにはアオイに戻り、塔を背に素知らぬ顔で商店街を歩く。

 ポケットにある二つの電話が少し違和感。一つはレスティ、もう一つはナチュラルさんに繋がっている。区別のため色分けされ、レスティ用は青色、連合軍用は赤色だ。


「さて、結構繁盛してるし、僕も食べ歩きしてみよっかな」


 日本では凪と海と三人で食べ歩きをしたことがあるが、こっちの世界では心の余裕がなくて一度もしていない。

 せっかくだしやってみようと決めたとき、


「いてっ」


 すれ違った人物と肩が強めにぶつかった。が、向こうは謝らずに走り去っていく。

 その直後――


「――きゃあァァァ!!」


 聞こえた悲鳴の正確な位置を『耳』で探知、人混みの間を『眼』で見て抜ける。

 遠くないので脚はそのまま、駆けつけた先に倒れていたのは二十代ほどの女性。


「どうしましたか?」


「荷物を盗まれて……」


 ひったくりか。ならよくあることだとアオイは思ったが、


「病気のおばあちゃんに渡す薬が……容態が悪化して、早く渡さないと……」


 冷静さを失っている様子。慌てていたから注意が疎かになっていたかもしれない。

 盗みはよくあることで、きりのない助けをいちいち行う者はごく稀。

 だが、


「さっき肩をぶつけられたんだよね。まだ謝ってもらっていないや」


 あれは前を見てなかった向こうの責任。肩をぶつけてきた男の顔を思い返し、『侵蝕』させた『脳』で最短ルートをナビゲート。男の速度から逆算し、『脚』で建物の上までジャンプ。からの屋根を伝ってダッシュ。上から男を発見し、飛び降りた勢いでライダーキック。

 倒れた男の頭を一蹴りで気絶させ、上着の裏に隠したバッグを取り返してUターン。


「これ」


「え……?」


 顔を上げると目の腫れが目立つ女性に、アオイは男が持っていたバッグを渡す。


「取り返しましたよ」


「え……あっ、なんで……」


「おばあさん、待ってますよ。僕のことはいいので、早く行ってあげてください」


「あっ、ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 何度もペコペコとアオイに感謝し、女性は人混みの中へ紛れていく。

 心配なので屋根の上から見守り、自宅らしき建物の鍵を開けたのを確認してから、アオイは路地裏に降りる。


「ふぅー、無事で良かったぁ。おばあさんの病気が治ることを祈ってます」


「シャドウパラディン様は優しいですね」


「大したことじゃ……なっ!」


 手を合わせて目を閉じていたアオイの横には、いつの間にか笑顔のレスティが立っていた。

 ここは路地裏。王女がいるような場所ではないが……。


「シャドウパラディン様、無事に連合軍との話はつけられましたか?」


「お、王女様……どうしてこんな場所に……しゃどうぱるてんサマー?」


「まだしらを切るんですか?」


 ニヤリと笑うレスティに嫌な予感がし、アオイは咄嗟に横へ避ける。と、レスティはアオイがいた場所に突進した。もうそこには誰もいないので、レスティは思いっきり壁に激突する。


「ぐっ……頭から血が出てしまいました。淑女の抱擁から逃げるなんて、シャドウパラディン様はいけずですぅ」


 まだ確固たる証拠はないはず。今すぐこの場から離れられれば良かったが、路地裏の出入り口にはそれぞれ聖獣が二匹。


「な、なんのことですか? シャトゥーパラデン祭なんて僕は知りません」


「時に、シャドウパラディン様、私がなんて呼ばれているか知っていますか?」


「え? えっと……平民嫌いのフォアラですよね?」


「その通り。そんな私は平民から忌み嫌われています。それは、話すより逃走を優先するほどです。しかも、平民は聖獣の戦闘力を知りませんし計れません」


 ――しまった。

 答えを選ぶことばかりに集中していたが、最適解は聖獣を見ても逃げ出すことだったのだ。会話を続けること自体がレスティの罠。

 影の聖騎士に従順すぎてすっかり忘れていたが、この王女は国王より、どんな貴族より頭が切れる。そして要領もいい。


「聖獣を見て逃走を即断念したあなた様は、ただの平民ではないということになります。平民なら討伐隊の、それも上位ランクです」


「そ、そうなんです。実は僕、討伐隊の勇者様のお手伝いをする試験に合格しているんですよ」


「そうでしたか。ですが、それは私を嫌っているのに会話をしている理由にはなっていませんよ?」


「……とにかく、僕はシャドーパーラティーンさんなんかじゃないです!」


「誰ですかそれ……あなたがシャドウパラディン様ですよね?」


「違います」


 八割ぐらいアオイをシャドウパラディンだと思っているが、まだレスティに確証はないだろう。

 あれがバレなければいいのだが……。


「わかりました。そこまで言うのなら違うんですね」


「え? そ、そうです。違います」


 思ったよりあっさり諦めてくれた。と、このときのアオイは、違和感を持ちながらも都合よく解釈していた。

 偶然のご都合展開などないと突きつけられたのは、自分のポケットで振動を感じたときだ。


「あれ? どうしましたか? なにか動いているようですが」


「なんでもないですん」


「ちなみに、私はシャドウパラディン様に連絡しているんです」


「へぇー、そんなんですねー」


「いつもならすぐに出てくれるんですが、今日は忙しいんでしょうか」


「そうなんじゃないですかねー」


「例えば、正体がバレそうになって出るに出られない、という状況ではないかと私は思います。シャドウパラディン様はどう思いますか?」


「違うと思いますよー」


「今、シャドウパラディン様に訊いたんですよ?」


「…………」


 ……。

 …………。

 ………………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る