28 『冬の暖かさ』
「──チッ、やっぱりか」
予想は皮肉にも的中し、アオイの視界には殺伐とした光景が広がっていた。
戦場で確認した数と大差ない魔獣の大群。空陸両方から『闇い靄』を纏いし魔獣共が王都の人間を襲う。
「まず空から殺る! 全部凶悪化してるから、レスティは聖獣で死体の確保!」
「はい!」
撃ち落とせばウィズダム・コアの大爆発が起こる。
クッションになる水や風などの称号があればいいが、アオイもレスティも魔法的な力は使えない。
それなら落下する前に確保してしまえばいいだけの話だ。
「大変だろうが任せた!」
「はい!」
レスティが鳥型の聖獣を複数召喚し、アオイの剣で首を落とされた魔獣を回収する。
聖獣は急降下して魔獣をそっと置き、次々にアオイが殺す魔獣を飛翔して回収、急降下、飛翔を繰り返す。
「ここで僕は降りる! 数は減ってきたし、あとは一人でやれ! 心臓の位置はわかるな?」
「はい! どこに降ろしましょう!」
上空からざっと王都を見渡して、
「討伐隊が集まってるあそこに!」
炎の中でも際立つ赤髪が目印になり、ウィルンを見つけたアオイが指示する。
「はい!」
レスティがはやぶさを急降下させ、地面スレスレを加速したまま通過。
はやぶさから飛び降りたアオイは、着地と同時に足元に落ちていた剣を拾う。地面を蹴り、ウィルンの背後で腕を振り上げたゴリラの首を斬った。
「大丈夫か!」
「おぉ! タク」
「我が名はシャドウパラディン」
「おっと、そうだったねぇ」
空から降りてくるやいなや、魔獣の首を的確に斬り落としていく漆黒の人物。怪しさしかないが、討伐隊にとっては救世主になる。
「助かるぜ!」
「なにもんだありゃ」
「なにもんでもパチモンでもいい! 魔獣を倒してくれるんならな!」
普段の討伐隊であれば多くの魔獣を倒したいところ。しかし、今回は金や誇示より己の命が最優先。
王都に住まう国民の数に迫る魔獣共を、自分たちだけで殲滅しなければならないのだから。
「ここは任せた。俺は行く」
絶え間なく襲い来る地上の魔獣も減り、空はレスティが対処している。
――峠は超えた。
魔獣の数も討伐隊だけで対応できるほどになり、アオイがいなくとも大丈夫だろう。
「タク……シャドウパラディンさん、私らだけじゃきつかったところだ。感謝しとくよ」
「はい。ウィルンさんたちもご無事で」
他のメンバーに聞こえないようすれ違いざまに小声で呟き、アオイは通路を埋め尽くす魔獣を斬り殺しながら進む。
「──寒っ」
まだ鎮火されていない場所も多く、真夏のような暑さだったのが一瞬だけ冬になった。が、すぐ夏に戻り、冬は一秒にも満たない時間で終わる。
──冬が消えた。
その意味を、アオイは知っている。深読みかもしれないが、己の直感が警鐘を鳴らす。
それ以外の全てを失っても、可能性だけで動くべきこと。
ポケットに片手を入れ、全身の『侵蝕』を20%まで引き上げた。
アオイの剣が音速を超え、遅れた断末魔を背にする。だが、今は凶悪化した魔獣にコンマ一秒も惜しい。
死体の鞘から拝借した剣を持ち、道を塞ぐ魔獣共を無視して突っ切る。魔獣討伐を止めてまで急ぐ。
建物を足場に最短距離で、高所からジャンプしたアオイを輝くはやぶさが攫う。
「ジャストタイミング」
アオイが親指を立てる。
「お役に立て嬉しいです!」
『侵蝕率』を上げる直前に連絡し、あらかじめレスティを待機させておいて良かった。
しかし、安堵はまだ早い。はやぶさの背中に立ち、アオイは上空から目標を捉える。
「今すぐ降下させろ!」
「はい!」
「キェ――ッ!!」
はやぶさも鳴き声で気合を入れたのか、血だらけで倒れる人物へと一直線に急降下。
甲高い鳴き声に振り向く魔獣共は刹那に斃れ、アオイは真っ赤な包帯を巻く少女へ駆け寄る。
「――なんとか間に合ったか」
真っ赤な包帯姿の少女――凪は自力で顔を上げ、ひとまず安堵するアオイと目が合う。
見るも無残な凪の姿に、今すぐ声をかけて助けたい気持ちをぐっと堪えて、
「我が名はシャドウパラディン。お前は勇者だな? 助けてやろう」
正体がバレないよう、お決まりの名乗り文句を言い放った。
だが、凪はアオイから目を離さず、見つめるその瞳から涙がこぼれる。出血の影響で白くなっていた頬は赤みがかり、
「ア、オイ……」
緊張の糸が切れたのか、力を抜いた凪を慌ててアオイが支えた。
直前の言葉を反芻させ、アオイの中で凪の心配より焦りが勝る。
「えっ、今、アオイって……」
まるで思考を言い当てられたかのように、不意をつかれたアオイは内心で面食らう。
「いや……夢を見てて寝ぼけてたんだな。多分、きっと、絶対、間違いなく、おそらく、そうだ。うん」
思考放棄して凪を腕に抱え、もう片方の手で
片腕でこの数を相手にするのは辛い。これ以上『侵蝕』されるのも危険だが、凪のために、とアオイは決意した。
と、気絶している凪が体をよじ登り、アオイの背中からおんぶの形で抱きつく。
「うっ……顔近っ」
前に凪が、抱き枕がないと寝付けない、と言っていたのを思い出す。今もそれが原因だろうが、肩に顎が乗っているため、頬が触れる超至近距離に凪の顔がくる。
こんな状態では集中できず、手がブレ始めたアオイは魔獣から距離を取った。
「ふぅー……落ち着けぇ……」
主観的に見れば凪は世界一の女の子だ。
女神すらも見劣りする存在と密着して、まともな呼吸も闘いもできようものか。
「集中、集中、集中集中集中集中集中集中」
血流が顔に集まり、時間が立つに連れてますます熱帯びる。緊張してこわばった体が震えて剣が振るえない。
背中の柔らかい感触も、血に混ざったいい香りも、凪の全てがアオイの平常心をかき乱す。
「……喜ぶな。――ごめん、凪。いつもは頑張って抑えてるんだけど」
鳴り止まないうるさい心臓を、深呼吸で落ち着かせようと試みる。それでも、加速した鼓動が耳に届く。
――これじゃダメだ。これじゃ嫌われる。凪を安心させなきゃダメだ。期待に添わなきゃダメだ。
普段は抑えている分、余計に収集がつかない煩悩をアオイは強く戒める。
本能に何本も釘を打ち付け、理性が自分を支配していく。
段々と本能が心の底に沈んでいき、ひとまずの鎮静が完了された。
「……凪を守る。影から支えるために……凪のためなら、僕は僕を保てる」
ここから先は一か八かの賭けになる。
だが、問題ない。
「――30%を貸す」
凪のことだけを考えて、呑まれないように強い意志と精神を持って――アオイは、悪魔の囁きを振り払った。
僕はモブ兼ご都合主義 未来紙 ユウ @Episode_3
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