24 『贖罪の防衛戦』
平穏を引き裂く咆哮の直後――遠くから爆発音が響く。やわな建物は激震に崩れる。
立っていることもままならない地震。王宮殿も一部が倒壊し、桜子たちの頭上に降る瓦礫の雨を凪が凍結させて破壊。
「大丈夫ッ!?」
「う、うん! 凪ちゃんありがとう!」
「なにがどうなってるのこれぇ!」
「桜子はみんなに連絡を!」
揺れが少し収まり、王宮殿の外へ飛び出す凪を桜子たちが追いかける。
「なにを連絡すればいいの?」
「大至急、王都の外へ!」
「わ、わかった!」
純粋な連絡手段ならスマホより優秀な<思念伝達>を持つ桜子に招集を任せ、身体能力の高い凪は三人との距離を離していく。
「三人はみんなと合流してから来なさい!」
「凪ちゃんは!?」
「私は先に行くわ!」
数は少ないが崩れた建物もあり、今の王都は走るには足場が悪い。凪からしたら問題ないが、運動が苦手そうな桜子たちでは厳しい道のり。
進行方向を塞ぐ瓦礫を飛び越え、それが無理なら氷の橋を作り、最短距離で凪は真っ直ぐ門へ向かう。
「――ありゃもう無理だわァ」
門の端にいた男が独り言のように呟く。
赤と金という異色の組み合わせをしたトンガリ頭。一匹狼を気取るヤンキーを一瞥し、反応を返さず凪は門を通った。直後、目の前が爆発して急停止する。
「無視すんなよォ、つれねぇなァ」
「魔獣から尻尾を巻いて逃げてきた負け犬はとっとと去りなさい」
「俺ァ奴らと相性最悪なんだよォ」
「黙りなさい。消えなさい。醜い声を聴きたくないし、醜い生き物を視界に入れたくもない」
「あァ!? んだとてめェ!!」
木也は遠距離から地面を爆破させるが、凪は能力を使わず全てかわす。
「なっ――!」
ご自慢の力があっさり回避されたのがよっぽどショックだったのか、木也の表情は驚愕と恐れに染まる。
「負け犬にはお似合いの能力ね。高校生が憧れる無駄にど派手で強力な魔法の力。万能な有限の力に頼りきって、自分自身を堕落させていく……強すぎる力は、弱い人間をさらに弱くするわ」
「――――」
凪はなんの能力も使わなかった。称号の力などなくとも、不良の魔法程度なら身体能力だけで無効化できるのだ。
こっちの世界に来てから、凪は己の精進を怠ったことは一日たりともない。日本では護身術を、異世界では対魔法を。
最初の魔獣討伐で互角だった両者の実力は、日々の積み重ねによって今や天地の差。
「所詮はチンピラ。粋がって吠えているだけの狼は、一匹じゃなにもできないのよ」
「――――」
押し黙り、歯切りし、やるかたない憤懣が木也の心で鬱積する。
「チィッ……!」
チンピラでも考える頭は持っているようで、凪との力量差を弁えた木也はなにも言い返さない。
間近に迫る雄叫びを肌で感じ、凪は木也に背を向けて空を飛ぶ魔獣共を冷却していく。が、魔獣は絶え間なく進撃し、騎士団たちは徐々に数を減らして王都に押し戻される。
騎士団の一人が飛び出し、王都へ駆け戻ってきた。
「ゆ、勇者様!!」
「凶悪化?」
「は、はい!」
「……厄介ね。あなたは早く行って」
王宮殿へ走っていった騎士団員と入れ替わる形で、目視で確認できないほどいる魔獣の前に凪が立つ。
冷気に触れた魔獣は動かなくなり、数十、数百と、猛獣の剥製が増えていく。
「おぉー、勇者様……」
「<絶対零度>の勇者様だ!」
「勇者様が来てくださったぞ!」
凶悪化した魔獣の心臓に衝撃を与えることは許されない。ただでさえ凶暴化以上の強化がなされた凶悪化の魔獣相手に、そんなハンデを負いながら戦っていた。
技量と腕力を兼ね備えなければ、凶悪化した魔獣は対処できない。全力も出せず同胞が無残に殺されていく中、舞い降りた救世主に縋るのは当然のこと。
だが、
「くっ……減らない」
自分の称号を磨いた今の凪は、ヴァニタス・コアに衝撃を与えずに機能をも凍結させることが可能。その分、脳には多大な負荷がかかるため、早期の決着が望ましい。
だが、すでに数千ともなる魔獣の像を作成したのに、魔獣は次から次へと襲いかかってくる。
――この大群に終わりが見えない。
「……騎士団の皆さんは壁の中へ」
「勇者様は、どうなさるのですか?」
「私は……ここに一人で残ります」
「し、しかし」
「誰かが足止めしなければ全滅します。あなたたちの最優先任務は国民を守ることでしょう? 一部貴族に嫌われている異世界の勇者の、たかだか一人の命と、国民全員の命……どちらが大切ですか?」
「――っ、わかりました」
苦渋の決断を迫られた騎士団長グルーンは、騎士団に『王都へ帰還せよ』と命じた。
騎士団全員が王都内に逃げ込み、グルーンの指示で門が閉ざされる。
その間にも魔獣は次々と氷漬けになっていく。が、脳を酷使した凪は目も開けていられなくなり、聴覚からの情報を頼りに<絶対零度>を発動させ続ける。
どのみち、生きていても意味はない。
生きる希望を、自分の全てを失った。
みんなが欲するものを持っていたがゆえ、最初からなにも持てていない。
みんなが欲するものを持っていたがゆえ、手にしたもの全てがこぼれ落ちる。
生まれてこなければ良かった。
生まれていなければ、誰も悲しむことはなかったはずだ。
愛原凪という生き物は、世界に存在してはいけなかった。
称号の発動で限界を超えた負荷がかかり、凪の脳細胞は強制シャットダウンを行う。
五感が遠ざかっていき、なにも感じられなくなった凪は意識の奥底で眠る。
心の深淵に沈んだ凪は、手放した光を見つめて安堵した。
――あぁ、やっと償える。
愛原凪という存在が死することでしか、父や母、彼への贖罪はできないのだから。
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