23 『異世界の勇者たち 後編』
眼鏡をかけたおとなしいボブヘア。失礼ながら地味を体現したような委員長は、手を止めた凪から視線を逸らす。
「ご、ごめんなさい! 私たちはこれで」
「ちょっと待ちなさい」
「ひうっ!」
来たと思ったらすぐ去ろうとしたのを止め、訓練を中断した凪は委員長に向かっていく。
「ごごごごめんなさいぃ!」
「別になにもしないわよ」
過剰に怯え、頭を押さえてうずくまる委員長は、凪の言葉に恐る恐る顔を上げる。
「ほ、本当ですか?」
「全く……私がいなければ殺されてたかもしれないのに……」
「はい?」
委員長とテニス部男子の暗殺未遂事件。首謀者の一人である貴族を凪が殺したのだが、この情報は委員長が知るべきではない。
「なんでもないわ。それより、ここに来たということは訓練をしたいのよね?」
「それは、そうですけど……」
「ならなぜ帰ろうとしたのかしら」
「えっと……あ、愛原さんの邪魔をするかもと思って……」
「邪魔にはならないわ。有効活用をしてくれるなら、中庭も喜んでくれるでしょう?」
ポカンと目を丸くした委員長は、地面に座りながら「ふふっ」と笑う。
「中庭の気持ちを考えてるんですね」
「ええ。自然にも命がある。人間が身勝手に扱っていいものではないわ」
「……そうですね」
恐怖の色が消えた委員長が立ち上がり、友達の二人を連れて凪の前に戻ってくる。
「愛原さんってもっと怖い人かと思ってましたけど、以外にいい人なんですね」
「『いい悪い』なんて人間が勝手に決めた
自分でも珍しいと思う。海以外とこんなまともに会話をしたのは久しぶりだ。心に余裕がないとはいえ、なにも悪くないクラスメイトにまで冷たくしていた。
なにか変えようと考えて、勇気を出して話しかけたのが委員長で良かった。
凪が内心で感謝していると、委員長はグッと両手の拳を握り、
「ひ、人を殺してしまう愛原さんは少し怖いですけど、魔獣を倒してくれる愛原さんは頼もしくて、今の愛原さんは怖くないです。なので、その……」
途中で言葉に詰まり、手の力が強まって震える。そんな委員長の肩を友達の二人が支え、勇気をもらって震えが止まった。
そして、委員長が口を開く。
「と、友達になってくれませんか?」
勇気を振り絞った委員長の言葉に、今度は凪が呆気にとられる。
その様子をどう解釈したのか、委員長は両手をワチャワチャと意味もなく動かす。
「あっ、いや、別に嫌ならいいんです! 愛原さんと友達になれれば私は嬉しいですけど、友達は無理やりなるものじゃないので」
「いいわよ」
「ごめんなさい! 出過ぎた真似を……はい? 今、なんと?」
「だから……友達になってあげる」
顔は無表情のまま動かないが、少し照れくさくて凪の頬は熱帯びる。友達なんて、小学校以来なのだから。
オッケーをもらった委員長は微笑したあと、笑顔で凪に手を差し出す。
「よろしくお願いします。愛原さん」
「こちらこそ……友達なんだから、敬語は不要よ。あと、三人の名前を教えてもらえないかしら」
「覚えられてなかった!?」
「委員長はまだしも私たちまで!?」
「委員長はわかるけど!」
「二人ともわかっちゃうの!?」
委員長は凪に一部だけ賛同した二人に振り向く。
「もちろん私たちは知ってるよー」
「でも基本的に『委員長』呼びが定着してるから、覚えてる人ほとんどいなそうかなぁ」
「確かに! 自分でも自分の名前忘れる瞬間あるかも!」
「それはやばいねー」
「重症だね」
ショックを受けていた委員長だが、自分でも忘れることを思い出して納得した様子。
「ごめんなさい。基本的に人間が嫌いだからか、人の名前はなかなか覚えられないのよ」
「はっきり言うなぁ……でもそっちの方が気軽でいいかも」
「私は
「ことねんさんね」
「さん付け!? あだ名の意味なし!」
「私は
琴音、羽彩の順に握手し、凪は最後に委員長の手を握り返す。
「あなたたちは知っていると思うけれど、私は愛原凪よ。友達なんて初めてだから、色々教えてもらえると有り難いわ」
「友達という関係に大切なのは気負わないことです。自然にしてればいいよ。あと、私の名前は
「わかったわ、委員長」
「自分でもフリだと思ったけども! こういうのに乗ってくるんだ、凪ちゃん」
「ええ……彼の影響かしらね」
「あっ……」
委員長改め桜子は両手で口を押さえる。
「いいのよ。さ、桜子、も、気負わないでくれると助かるわ」
「う、うん。なら、気負わず遠慮なく訊きたいことが二つあるんだけど、いい?」
「なにかしら?」
「さっきさらっと言っちゃったけど、呼び方は凪ちゃんでオッケー?」
「ちゃん付けも気恥ずかしいけれど、不思議と悪い気はしないわ」
「よし! なら凪ちゃんってことで!」
ちゃん付けで呼ばれるのは幼稚園以来だと思う。友達感溢れるフレーズに凪が内心浸っていると、桜子はもじもじとして俯く。
もう一つ訊きたいことがあるはずだが、なにも言わずに頬を赤らめる。
「どうしたの?」
「いやぁ、そのぉ……な、凪ちゃんって、如月くんと幼馴染なんだよ、ね?」
「ええ。それで?」
「じ、実は、如月くんのこと……好き、なんだよね。だから、凪ちゃんに協力してもらえないかなと」
「わかったわ。私にできることがあれば協力してあげる」
「え? なんか話早くない?」
「当然。桜子が海のことを好きなのは知っていたから、そういうことなんじゃないかって予測していたのよ」
海の前では挙動不審になるし、逆にあれで気付かない人はほとんどいない。
だが、本当にバレてないと思っていたのか、凪の言葉を聞いて桜子は絶句していた。
「海とは友達がちょうどいいって人が多いけれど、桜子は物好きね」
「き、如月くんは、私のヒーローだから……容姿だけで好きになったわけじゃないよ」
「容姿も理由の一つってことね」
「うっ……否定できない」
「別に悪いとは言っていないわ」
自分の容姿が優れているあまり、凪の美的観点は他とはズレている。さらにはずっと隣に海がいたことで、それが普通でイケメンでもなんでもない。
だが知識としては理解している。顔がいいから好きだ、という気持ちに共感はできずとも否定はしない。
「普通の人間は容姿に惹かれるのが自然なんでしょう? 容姿から気になるのもよし、性格から気になるのもよし、行動から気になるのもよし。同じ顔でも、ホルモンのせいか、乙女心のせいか、全く別の顔に見える場合もあるのよね」
桜子たちと軽快なトークを繰り広げても、凪は無表情のまま。あの日から今日まで、笑ったのは異世界に来てからの一度だけ。
あの時に笑えたのは、きっとその人物と彼を重ねたからだろう。
思えば最近、その人物を見ていない。
なぜか会いたくなる自分を不思議に思っていると、
「「「グゴワァアアアアアアアアァァァァガァアアアアアアアアアァァァッッ!!」」」
無数の咆哮が大地を震撼させた。
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