22 『異世界の勇者たち 前編』

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 王都は復興され、魔獣討伐から帰還した勇者たちにはささやかな休息が待っていた。


 普通の学生が魔獣とはいえ命を奪う経験をし、映画なら規制がかかる激グロシーンをリアルで鑑賞。

 最初は精神的に辛いこともあったが、勇者たちはすっかり異世界に慣れてきた。

 かといって、連続して魔獣討伐に出向いていれば肉体的にも精神的にも疲労困憊。そんな中での休日をもらい、勇者たちはゴールデンウィーク気分で羽を伸ばす。


「うん。やっぱりパンケーキは最強ね」


 王都内でもこの店のレパートリーは秀でていて、朝食にはノーシンクでここ、というぐらい凪は通い詰めていた。

 ジャムで汚れた口をナプキンで拭き、


「ごちそうさまでした」


 手を合わせたあと、サングラスをかけた凪は会計へ向かう。


「ありがとうございました〜」


 会計を済ませた凪がドアを開け、一歩外へ踏み出したちょうどその時、


「――ッ」「キャッ!」


 死角から飛び出してきた人とぶつかった。


「大丈……え?」


 凪は少し後ろによろけただけだが、相手は段差を踏み外して盛大に転んだ挙げ句、


「ギャベジ、タリアンッ!」


 ごろごろと転がって通行人に蹴られる。

 通行人からは白い目で見られ、道端で寝そべっていたその人物はスッと立つ。子供に笑われながらも凛とした姿勢は崩さないが、晒した醜態はなくならず、顔の赤みは誤魔化しきれない。


「なっはははー! さすがねぇだぞー! 今日も最高にドジなの──いひゃい! いひゃい! ごめんにゃひゃーい!!」


 誰よりも大笑いしていた女の子は、恥ずかしさと怒りが混ざった真っ赤な顔の女子に頬をつねられた。

 髪型こそ違うものの、似ているどころかどちらも瓜二つの容姿。ポニーテールの方が右頬にホクロがあり、短髪アホ毛の方との区別は髪型以外だとそこだろうか。


「わかればいいわ。さっ、気を取り直して行くわよ!」


「いざゆかん! パンケーキの向こう側へ!」


「パンケーキの向こう側にはお皿しかないわ……って、あら?」


 今ぶつかったポニーテールの方──双子の姉である江逆えさか胡桃くるみと凪は目が合う。


「げげっ! かき氷じゃん!」


「それを言うなら『氷結姫』でしょ? あと『げげっ!』は失礼よ。全く花音はバカね」


「なんだとー! バカっていう方がバカなんだぞ! ねぇがバカなのだ! バカバーカ!」


「花音の方が言った回数が多いから花音の方がバカってことね?」


「はっ! しまった! 嵌められたのだ!」


「私はなにもしてないけど」


 勝手に自爆する花音に胡桃が冷ややかな眼差しを向ける。

 賑やかな双子に遭遇してしまった。凪はそそくさと退散するつもりだったが、すれ違いざまに腕を掴まれる。

 早く帰って称号に身体を慣らしたい凪だが、


「この機会に訊きたいことがあるの」


 胡桃はそう言って手を離さない。

 無理やり振りほどくこともできる。しかし、凪もあえて嫌われる行動を取りたいわけじゃない。立ち止まって振り向く。


「なにかしら?」


 そう訊き返すと、胡桃は両手で懇願するように凪の手を包み、


「お願いします! どうすればクールな大人の女性になれますか! 教えてください!」


 人目もはばからず、往来のど真ん中で叫んだ。

 なんだなんだと通行人の視線が集まる。江逆姉妹は顔が知られていないが、このままでは凪の変装がバレかねない。

 騒ぎになる可能性を危惧し、


「私に訊かれても知らないわ」


 本当のことを言って手を振りほどき、さっさと人混みに紛れる。

 追ってはこないようなので、凪は安心して人混みから脱出した。

 あまり人が多い場所は通りたくない。少し遠回りになるが、大通りから離れた通路を利用する。


「おいおい、嬢ちゃんが一人か? そんな不用心じゃあなにされ──」


「こんな場所に来ちゃ悪い大人に捕まっちゃうぞ? 例えば俺みた──」


「楽に稼げる仕事が──」


 下心丸出しで近づいてくる者ら全てを凍らせ、凪の軌跡には精密にかたどられた氷像がいくつも並ぶ。

 振り返らず、見向きもせず、ペースを落とさず、凪は一定の速度で歩く。


 門番の前で氷塊を創り、顔&称号パスで素通りする。特訓のため王宮殿の中庭に来た凪の耳に、ゲラゲラと笑い声が届いた。


「いくぜ! 俺の最強魔法! エクスプロージョン!!」


 と、期待の込められた声も虚しく、静寂の中を風音が通り抜ける。


「ちっくしょー! 俺の<炎熱>の覚醒はまだなのかぁ!」


「エクスプロージョン的なのならあいつが使ってたよな。極王組の奴」


「俺も使いてぇんだよぉ! せっかく異世界に来たんだからさぁ、核爆発レベルの人間兵器クラスの魔法使いたいだろ?」


「そりゃそうだけどな。俺の称号<水流>だぜ? 水使いの主人公とかいるか?」


「俺も<旋風>だし、風吹かすだけだぞ?」


「いやいや<岩石>の俺が一番酷い。属性魔法の中じゃ地味ランキングトップじゃん?」


 やんちゃグループの四人組は、なぜか誰が一番不憫かを競い合う。


「基本属性の中なら炎が断然いい。炎使いとか絶対一人はメインキャラにいるよな。俺は土だからな? かませ役かモブが常だろ」


「いやいや、土とかチートじゃん。頑張れば地面反り上げられそー。風とか攻撃力低すぎんだよ」


「風は凡庸性高いの優秀だろ。何気、空飛べんのずりぃわ。水のが攻撃力ねぇし」


「水は特殊技あるからいいだろ。霧で視界覆うとか窒息させるとか。こちとら炎魔法なのにエクスプロージョン使えねぇんだぞ?」


「──ねぇ、あなたたち」


 凪が声を発した途端、やんちゃ坊主たちの会話はピタリと止まる。そして、まるで心霊現象でも見たかのような顔で凪を視界に入れた。


「不毛な言い争いをするなら自分たちの部屋でやりなさい。ここはお喋りする場所ではないわ。私は有効的に中庭を使いたいのよ」


 さっきまでの元気さが嘘に思えるほど、やんちゃ坊主たちは速やかに去る。

 静かになった中庭で一人、凪は集中し、なにも考えなくていいように、ひたすら訓練に打ち込む。

 そこに、


「あっ」


 委員長と、その友達二人が現れた。

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