21 『好きな人』

 魔獣を無視して全速力で駆けながら、両手の耳栓を取ったアオイは悪態をつく。


「まさか僕が殺す前に死ぬとは……」


 このペースを維持できれば、ここから王都まであと四時間あれば到着する。しかし、全力疾走がそんな長続きするはずもない。それに、体力を消耗した状態では本末転倒だ。

 そろそろ疲れてきた。休息の時間すら惜しいが、物理的にもう限界……。


「――シャドウパラディン様!」


 急降下する輝くはやぶさがアオイを攫う。


「ご無事で安心しました! 帝国軍と連合軍は戦いをやめ、凶悪化した魔獣を対処してします。シャドウパラディン様、向かっているのは王都ですか?」


「あ、あぁ……助かった。レスティ、そのまま最速で王都へ向かってくれ」


「あっ、はい……あの、名前……」


「僕は疲れた。レスティは聖獣の操作を休まず行っておけ」


「は、はいっ、任せてくだしゃい!」


 あれだけ『侵蝕』させた上、仲間のかたきを殺し損ねた。その状態での全力疾走は余計に疲れる。

 少しでも体力と精神を回復させるため、アオイは到着まで仮眠を取ることにした。



* * * * * *



 ──みんなが僕を置いていく。


 幼稚園の頃は良かった。

 みんな遊んで、チャレンジして、がむしゃらに生きる。男女が混ざって、鬼ごっこ、かくれんぼ、だるまさんがころんだ、ただ楽しく遊ぶだけだった。


 みんながおかしくなったのは小学生の頃。


 何気ない会話。『好きな人はいるのか』と訊かれ、いないと言ったら嘘扱い。『本当はどうなのか』と訊き返してくるが、いないものはどうしようもない。


 一泊二日の修学旅行、深夜過ぎまで夜更かしし、誰が好きなのか言い合う。みんな躊躇しながらも言い、最後に順番が回ってくる。「いない」と言えばまた「俺たちは言ったんだから隠すなよ」と、まるでいるのが当然かのように。


 みんながおかしい。

 いや、おかしいのは自分だ。


 中学──小学生にいる連中は全員いて、幼稚園からの同期も多い。彼女彼氏ができる友達も出てくる。いない連中は『ほしい』と言い、下ネタを大声で言ったりエロ漫画の話をする。その会話に混ざれない。


 修学旅行で東京に行く。また泊まりで、二人部屋だった。夜になると恋バナになるが、相手がどれだけ期待しても答えられない。

「お前なかなか言わないよな」と言うが、いないものをどう言えというのか。


 友達はいた。

 でも、孤独だった。


 なんで? 最初はみんな横に並んで、同じ道を走ってきたはずなのに……。

 みんな同時にスタートして、そのレールに沿って走っていたつもりだった。


 自分はどこに立っているのだろう。

 誰の背中も見えない。走るはずだったコースが見えない。ゴールテープが見えない。

 隣を見れば友達がいる。前にも、後ろにも、いるのに、自分はそこにいない。


 ──みんなが僕を置いていく。


 そうじゃなかった。

 最初から違う。スタートラインが違う。生まれたときから別の生き物だった。みんなとは本質的に違う生物なのだ。

 人間から生まれたのに、人間じゃない。じゃあ、自分はなんなのだろうか。


 高校の入学式。地元から離れて一人暮らしを始め、知り合いがいない中での新たな学生生活。

 望み薄だが、自分と同じ人も探そうと校門をくぐったその瞬間──気付かされた。


 ──僕は人間なのだと。



* * * * * *



「――ぅ、今……どこ?」


 意識がクリアになり、直前まで見ていたおぼろげな夢を彼方へ飛ばす。

 空気抵抗を感じて今の状況を思い出し、上体を起こしたアオイはうずくまるレスティに訊く。


「どうした? まさか……寝てる間になにかしてないよね?」


「……褒めてください。私、ちゃんと空気を読んで我慢しました。己の欲に打ち勝ちました。シャドウパラディン様の無防備な姿を前になにもせず堪えました!」


「本当になにもなかったようで安心した。眠すぎるあまり野獣の隣で寝るとは……不覚」


「私だって、そんなことをすれば嫌われることぐらいわかってますよ。シャドウパラディン様が本当に嫌がることはしません」


「そうか」


 ツーンと口を尖らせるレスティに近寄り、その頭にアオイの手が乗せられる。


「よく我慢したね。えらいえらい」


「ふへぇ……幼児扱いされた気もしますが、そういうプレイもまた……いいッ!」


「今回は助かったし、それも多めに見よう。それで? 王都にはいつ着く?」


「あっ、はい。正確な時間は定かではありませんが、私が内なる煩悩と格闘していたのが体感で五時間程度かと。聖獣を空中で乗り換えて最高速を維持しているので、あと一時間もすれば王都が見えてくるはずです」


 自分の体力さえ維持できていれば、今頃王都に到着していた。

 クラスメイトの無事が気が気でないが、ここから走っても体力を消耗するだけ。なら、はやぶさで最後まで飛んでいくの最善手。


「よし、最悪の事態に心を備えておけ。あの数の魔獣……それも全て凶悪化していた」


「はい! 王都にも凶悪化した魔獣が攻め入っている可能性が高いんですね?」


「勇者がいるから少数なら心配ない。でももし、さっきと同等以上なら……」


 凪の<絶対零度>は凶悪化と好相性。数十体であれば刹那のうちに凍結させるだろう。

 だが、それが数千、数万となれば話は変わる。称号は無から際限なく溢れる無限の力ではない。

 人間の行動は全て脳が動かす。それと同様に、称号の力も脳が頑張っているのだ。

 休まず連続で能力を使えば、当然の如く脳がオーバーヒートを起こす。そうなればもう一日中称号は発動できない。それどころか、体を動かすことすらままならなくなる。


「数万なら勇者だけで国民を守りながら倒しきれる。だが……数百万の魔獣を相手に勝算は皆無。国民は愚か、勇者も皆殺しにされる。それだけは絶対に阻止する!」


 今は、討伐隊やクラスメイトのみんなが持ちこたえてくれていることを願う。

 焦燥感を駆られる気持ちを抑え、アオイは聖獣を応援するしかできなかった。

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