20 『鬼退治』
当然の轟音に各国の精鋭たちも戸惑う。
「鳥を出せ」
「はい!」
この事態を予期していたアオイは状況を理解し、その指示に思考停止で従うレスティも動く。
急降下する巨大な鷹に飛び乗り、連合軍の頭上を飛翔する。
「さっきの音は……」
「『狂鬼』だろうね。あれの音だ」
アオイが指差す先には、両断されて分かたれた大地があった。
崖になった向こう側にはざっと数百万もの大軍。その先陣に立つ男は、視認できるほど凄まじい空間が歪むようなオーラを放つ。
「皇帝ファダー・ストラヴァート。またの名を『狂鬼』」
帝国は王国と違って『名前・苗字』の順。以前と変わらないファダーを見て、アオイはかつての仲間たちを思い出す。
「……奴とは僕が闘う。ここで降ろせ」
「わかりま……えぇ!? 一人であの中に乗り込むんですか!? さすがのシャドウパラディン様でもそれは……」
「あの全員を相手にすれば僕でも無理。でも奴の性格上心配ない」
「ですが……」
「おとなしく従え。なにも考えずただ言うことを聞いてればいい」
「は、はひっ」
撃ち落とされる可能性も危惧し、レスティには離れた位置に降ろしてもらう。
大軍に向かって歩を進めるアオイに火の粉は降らず、自軍を制すファダーが崖をひとっ飛び。
着地の衝撃に大地が耐えきれず、ファダーを中心に地割れが広がる。
「ガーッハハハァー! 俺様を相手に一人だとォ? てめぇなにもんだァ?」
「三年前の世界大戦……後に終末戦争と呼ばれたあの大戦を覚えているか?」
「忘れるわけねぇだろォ! あれほど滾る闘争は味わったことがねェ! だがァ、てめえみてぇな仮面野郎は知らねぇなァ!」
「……そうだったな」
視界が狭いとは思っていたが、仮面とマントをすっかり忘れていた。邪魔な変装グッズを取り、アオイはファダーに素顔を晒す。
「お前が皇帝とはすぐわかった。三年前となんら変わっていないな」
「てめぇ……俺様から逃げ切りやがった奴かァ! 雰囲気ぁべつもんだがァ、てめぇも変わってねぇじゃねぇかァ!」
再会の挨拶も早々に、両者の踏み込みを開始の合図として忽ち剣戟が響く。互いに力を使わず打ち合い、激しい火花を散らす。
「ガッハァー! 俺と互角たぁなァ!」
「あいつらのため、僕はお前を真っ向からねじ伏せる」
「そいつぁ楽しみだァ!!」
ファダーの<鬼神>発動にタイミングを合わせ、アオイも『侵蝕』させた『腕』で剣を打ち――両者の刀身は消し飛ぶ。
互いに残り全ての剣を抜刀。二刀流の構えを取り、先に仕掛けたファダーが連撃。そのどちらも一本で流し、アオイはもう片方で突く。が、ファダーは刀身を素手で掴み、握りつぶす。
「剣ってのはやわだなァ! 俺ァこっちが性に合うぜェ!!」
剣を投げ捨てたファダーが大地を殴り、飛び交う小石や岩をアオイの剣が弾く。石が直撃した刀身は折れ、使いものにならない二本をアオイは手放す。
「こっからタイマンってこったァ! 俺様についてこいよォ!?」
一歩一歩が大地を破壊する強烈な踏み込みから、ファダーは大振りの一撃を振るう。
全身を12%『侵蝕』させたアオイが迎え撃つ。最速に到達する前に拳を止め、逆にファダーの顎へジャブ。それをかわされ、
「ゔっ……!」
腹にファダーから膝蹴りを食らい、アオイは後ろに飛んで膝をつく。胃の中の物を吐き出し、軽くなった身体を起き上がらせる。
「これでも、足りないか……なら」
一気に20%まで『侵蝕率』を引き上げ、気を強く持ってかすれる意識を保つ。
「おもしれェ! てめぇの隠し玉かァ!」
さらなる自己強化を行ったアオイに続き、ファダーは赤と黒が混ざり合うオーラを身に纏う。
「俺様も全開でいくぜェ――!!」
初速が音速に達し、音を置き去りにする両名の激突。その余波が他を寄せつけず、連合軍と帝国軍は崖の端で争う。総勢千万に迫る大規模な戦いのはずが、それがおままごとに見えるほどに、アオイとファダーの闘いは別次元だった。
「ガッハハァーッ! 滾る! 滾る! 滾りまくってるぜェェ! 終末戦争なんて比じゃねェ! 最高だぜぇてめェ――!!」
大災害が大陸の形を変えていく。
人間たった二人の死闘は災害も怯える破壊力。天変地異に無力なはずの人間が、天変地異そのものとなっているのだ。
災害の片割れ――アオイは連合軍と帝国軍を横目に、
「……今は人と人が争ってる場合じゃない」
「あぁ? 俺ァ」
「そんなことを言ってもお前には通じない。だから僕がお前を殺す!」
「わかってるじゃねぇかァ! できんなら殺してみやがれェ!!」
長引けば長引くだけ人が人に殺される。魔獣を相手に協力するべき人間同士で争うのは間違いだ。
ファダーにとって終わりの見えない魔獣討伐は作業。退屈なのだろう。その考えを否定するつもりはない。
だが、クラスメイトたちのためにも、アオイは一刻も早く凶暴化の原因を突き止める使命を持つ。魔獣を凶悪化させる魔王も見つけ、世界に蔓延る魔獣を滅ぼす。
クラスメイトたちの障害となる。戦争とはいえ仲間を殺された。ファダーを殺す理由はそれだけで足りる。
「鬼退治の時だ! リスクを冒してでもきびだんごを使ってやるッ!!」
『侵蝕率』をさらに上昇させるため、アオイは攻撃を中止してファダーから距離を離す。
覚悟を決めて集中した直後――
「「「グゴワァアアアアアアアアァァァァガァアアアアアアアアアァァァッッ!!」」」
無数の咆哮が戦場に轟く。
何百万もの人間の雄叫びは哮り立つ猛獣共にかき消され、凶悪化した百万を超える魔獣の猛進が戦争を中断させる。
「なっ、なんだこれ……」
『侵蝕率』は依然20%のアオイは集中力を切らし、かつてない驚愕に鳥肌が立つ。
それとは対照的に、
「なんだァ、こりゃーッ! 魔獣が数えらんねぇぐれぇ群れてんぞォ!!」
おもちゃを手にした子供のように目を輝かせ、ファダーは魔獣の進行方向を大地ごと断つ。
知能はないはずの魔獣だが、迂回したり鳥型の背に乗ったり、統率の取れた軍に似た適切な行動を取る。
「俺様は大歓迎だぜェー!!」
「ま、待て――!」
アオイの制止も聞かず、魔獣の大軍勢を前にしてファダーは突撃していく。
「チッ!」
ファダーと反対方向へ全力疾走。アオイは10%『侵蝕』させた『脚』で戦場から離脱する。その背に届く声には振り返らない。
魔獣と対峙したファダーは、
「この俺様がてめぇら全員ぶっ倒してやるよォ!!」
そう言って一撃で魔獣を数百体蹴散らす。
刹那――連鎖する極大の爆発。数十万ものウィズダム・コアが、大地に全長百キロを超える奈落を作った。
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