8 『災害の痕』

 夕刻──


 王都を赤く染め上げた獄炎は鎮火したが、死者や重症者も多数出てしまった。

 重症者の中には特に熱傷が多く、生死を彷徨うほどの深刻なステージまで来ている。


 魔獣の数は全部できっかり三十体だった。それを王都中を走り回って確認し、アオイはようやく探していた人物を見つける。


「ウィルンさん!」


 王宮殿の隣にある寮にいないからどこに行ったのかと思っていたが、どうやらドナテッラの治療を終えたところらしい。


「タクルかい?」


「ドナちゃんは?」


「なんとかってとこだねぇ。しばらく安静にしてなきゃいけないが、峠は超えたからもう大丈夫だそうだ」


「そうですか。良かったぁ」


 ウィルンに抱えられるドナテッラの寝顔は落ち着いていて、心配だったアオイを安心させてくれる。


「王都がこの有様じゃ、今日は銭湯どころかまともな寝床もないかもしれないねぇ。約束は守れそうにないよ」


「今はドナちゃんが無事ってことに喜びましょうよ」


「そうだねぇ……ところでさっきから気になってたんだが、その格好はなんだい?」


「あっ……」


 探していたウィルンとドナテッラが無事だと知り、仮面とマントを取るのをすっかり忘れていた。

 今更になって変装グッズを外し、マントを折り畳んで仮面と懐にしまう。


「なんでもないです。今のは忘れてください」


「今のを忘れるっていうのはちょっと無理あると思うがねぇ」


「そこをなんとかぁ」


 両手を合わせて懇願してみると、


「忘れたフリってだけなら」


「ならそれで!」


「わかったよ。ドナのこと、本気で心配してくれてたのは伝わってきたからねぇ。タクルが何者かは知らないけど、私はタクルを信じる」


「ありがとうございます!」


 野蛮な連中ばかりの討伐隊で、話がわかる人がいてよかった。


「感謝よりこの子の父」


「それは大丈夫です」


 この巡り合わせに感謝し、アオイはウィルンと別れて半壊した寮へ向かう。



▷ ▶ ▽ ▼



 寮もそうだが、最も被害が酷いのは王宮殿。王族、貴族たちは地下シェルターに避難していたようで、王族や貴族の・・・・・・死者はほとんど出ていなかった。

 ただ建物自体は全焼。そもそも魔獣がいたのは王宮殿の地下なので無理もない。内部から蹂躙されたのが容易に想像できる惨状。


 宮殿内には死体の山。王族と貴族は・・・・・・死んでいないが、身代わりにされた執事やメイドの無残な姿が並べられていた。


「――――」


 ──冷静でなくてはならない。

『侵蝕』してくる『意識』を自我で払う。そうして自分を保つ。奥へ奥へと抑え込む。

 それが終われば不気味な静寂。音の消えた心に慣れた音色を流し、ムカイ・アオイとなる。


 王宮殿から出たアオイは、被害を受けなかった建物の屋根から王都を見渡す。

 日本で例えるなら東京の壊滅だ。復興には莫大な費用と途方もない時間がかかる。が、それはあくまで地球での話。

 こっちの世界の人間は皆超能力者のようなもの。建て直すのに人件費だけ足り、一つの住宅を戻すのに一人で充分。さらには数ヶ月かかるような作業も一日あれば完了する。


「……便利だなぁ」


 悲惨な光景と、着々と進む復興作業を眺めながらアオイは目を凝らす。

 建物がほとんどないため視界も開けていて、二階からでもよく見通せる。


「おっ、いたいた」


 遠目からでもよく目立つ。その周りの空気だけ他とは異なり、侵入した途端に凍りつきそう。

 クラスメイトたちは一箇所に集まっていた。誰も欠けていないか人数を数えていると、


「あれ? そういえば……」


 アオイはある異変に気付く。

 再会したときはまだ意識が混濁していて、そこまで思考が回っていなかった。


「僕たちのクラスは二十三人だったはずだけど……今、いや、最初から二十人しかいない?」


 そのうち一人はアオイ自身。誰ともつるまない木也があの場にいないのもわかる。


「……愁くんか」


 黒葉くろばしゅう──アオイと同じクラスにいた気弱な男子。どのグループにも属しておらず、他のクラスに友達がいる気配もない。影が薄く、急に目の前にいてぶつかったりもした。

 アオイと会う前に死んでしまったのか、なにかしらの要因で召喚されなかったのか。なぜいないのかはわからないが、とりあえず今はクラスメイトたちの無事を喜ぼう。


「さて、じゃあ僕は凶悪化の原因でも調べてみようかな」


 実在すら怪しかったヴァニタス・コアが、当然こんなに量産されるのはおかしい。

 文献にある通り、この世界にも本当に魔王という存在がいるのかも。


 そう考えたアオイは仮面をつけてマントを羽織り、壊滅した王宮殿へ捜索しに向かった。

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