7 『シャドウパラディン 誕生編』


 ──死んだ瞬間が思い起こされる。


 熱い。熱い。熱い。熱い。ここは獄炎の中だ。灼熱が身を焼き尽くす。

 あのときと違うことは、比喩でも表現でもなく本当に獄炎の中だと言うこと。


 肺を侵す黒煙が、まるで体内から自分を溶かすような感覚。より死に近しい状態だ。

 だが痛みはない。目は見え、燃え盛る炎の音と悲鳴も聴こえ、肌を焼く熱も感じて、手も足も動く。なら、自分のできることをするだけ。


 水、土、風系統の称号を持つ者は消火活動に当たり、強力な氷系統<絶対零度>を保持する凪が炎を凍らす。

 対してアオイにできることは少ない。あんまり表立てばクラスメイトたちに正体がバレる。かといってこの状況ではそうも言ってられない。


 今まさに、凶悪化した魔獣が親子の命を奪おうとしているのだ。

 身バレを承知で救える命は全て助けるしかない──と、覚悟を決めたアオイの視線の先には、まだ炎の手が届いていない露店。そして、そこに掛けられた服とお面。


 ……。

 …………。

 ………………。



「──誰か助けてッ!!」


 助けを呼ぶ母親を、サーベルタイガー似の魔獣が鋭い牙で噛みちぎり──と思われたが、その牙は地面に刺さった。

 硬い地面をも噛み砕き、サーベルタイガーは虚ろな眼で殺すはずだった親子を見据える。


「あ、あなたは……」


 親子を助けたのは、漆黒のマントを背にし、騎士なら必須の鎧兜──のイラストが入った仮面をつけた正体不明の人物。

 なにを隠そう、その正体はアオイであり(正体不明なんじゃ……)、露店にあった手頃な品を拝借したのだ。──盗品になるが、未来ある親子の命を救うためなのでご愛嬌。


「ヴゥゥゥ……グルルルル……」


 唸るサーベルタイガーを警戒しつつ、親子から意識を外してはならない。

 さて、あのサーベルタイガーは間違いなく凶悪化している。ということは体内にヴァニタス・コアがあるわけだが、その対策法は限られてしまう。

 殺すのは容易いが、まともに倒しては大爆発が起きて一帯が吹き飛ぶ。


「……ふぅー……やるしかないか」


 状況を見るに、王国が保有する魔獣全てが凶悪化したと考えるのが妥当。なら数も相当なもので、これはその一つでも爆発させたらアウトという無理ゲーだ。しかも、失敗すれば自分の命なんてレベルじゃない大被害。


 出し惜しみはできない。

 アオイは『侵蝕率』を一気に10%まで引き上げ、全体的な能力を爆発的に向上させた。

 頭も冴え、天才になった今ならタイムマシンのシステムを開発できる気がする。


 サーベルタイガーの動作を瞬間的に解析。体感時間の速度が緩やかになり、自分がタイムマシンになった気分だ。


『眼』がコアの位置を把握。『脳』が次にどう動くのかを予測。『脚』が人間の域を出た高速移動。『腕』がサーベルタイガーの首に一太刀。


 コアに一切の衝撃を与えることなく全てを終わらせ、地に寝る首なしのサーベルタイガーを背にアオイは親子の元へ。


「大丈夫か?」


 念の為、声も普段より低めに出し、謎の男っぽく敬語を使わず手を差し伸べる。


「は、はい。あなたは、一体……」


「早く避難所へ行け。道中は俺が守ってやる」


「あ、ありがとうございます!」


 上から目線の割に優しすぎる気もするが、気を失っている娘を抱えた母親を一人にするなんて真似はできない。


 王都の中心に設置された避難所──王宮殿より頑丈な素材で造られており、凶悪化した魔獣が十数体集まった程度ではびくともしない。その入り口まで親子を案内したあと、アオイは超高速で王都を駆ける。


 発見した魔獣を片っ端から対処し、的確にコアに影響のない攻撃を加えていく。

 移動中のアオイを目で捉えられる者はいない。風が通り抜けたかと思えば魔獣が死んでいる、というのが傍から見る人々の認識だろう。


 今のアオイだからこそできることだが、いくら強い者でも相性によっては一体の魔獣にも負ける。

 凶悪化した魔獣の体内にあるヴァニタス・コアは心臓部にあるが、対峙した魔獣を詳しく知らなければ心臓の場所がわからない。

 それは強者にありがちなことで、簡単に倒せてしまう魔獣を実はよく知らないなんてことがある。


 討伐隊の中に魔獣を調べない愚か者はいないが、それが貴族か王族ともなれば話は別。一国の王女ともなれば、自分で倒した魔獣を解剖したことも調べたこともないと言っても頷ける。

 だから今、アオイの目の前で石に躓いて転んだ王女を見ても、たった一匹を前に立てないレスティを見ても、驚きはするが合点がいく。


「……見殺しにはできないな」


 正直レスティは大嫌いだが、自分の民を守ろうとする想いは本物だ。『自分の』という点が重要で、おそらく自分のためだと思う。

 それでもアオイには、目の前で殺されそうな少女を見捨てることはできなかった。


 レスティを襲う魔獣は大蛇。ヘビは生息地によって心臓の位置が違う。解剖だけでなく詳しく勉強しなければならない。

 見た目からも想像がつきにくく、王女が知らないのもわかる。牙には毒性もあり、奇襲で麻痺させられたのかもしれない。

 そんな自分の死が迫る状況でも錯乱せず、でたらめに聖獣を召喚しない判断は正解。


「そこは褒めてやる」


 どんな状況下でも心臓は喉を通らない。だから首を斬ってしまうのが一番手っ取り早い方法だ。

 一応『眼』で見て心臓の位置を確認し、確実性を持ってから大蛇にトドメを刺す。

 衝撃をなくすため胴体を支えてゆっくり地面に下ろし、レスティの背後で腕を振り上げるゴリラの脳天を小石で撃ち抜く。


「え……?」


 放心状態のレスティの後ろでゴリラを寝かせ、アオイは周囲から魔獣の気配がなくなったことを確認する。


「……もう心配ない。今のは相手が悪かったな」


「え、あ、あなたは……何者、ですか?」


「早く立て。安全な場所まで移動する」


「お、お名前を教えてください」


 王女様からのお願いだ。もし答えなければ指名手配とかされる可能性もあり得る。かといって自分の名前を長考するわけにもいかず、咄嗟に出てきたのは今の自分の格好だった。


「我が名は──シャドウパラディン」


 自分で言って顔が熱くなる。漆黒のマントに騎士の仮面が由来。我ながら厨二感がプンプンするネーミングセンスだ。

 短時間で思いつくそれっぽい名前が、天才となったアオイでもこれ以上はなかった。


「シャドウパラディン様……」


「ぐはっ!」


 復唱されたことでさらにダメージを食らう。自分で言うより他人から言われる方が傷が深い。


「大丈夫ですか! シャドウパラ」


「大丈夫だ! それより、お前はこの国の王女だろう。安全な場所へ避難しろ。近くに騎士団と勇者がいる」


「い、いえ、民を守るために私も闘わなければ」


「魔獣への対抗手段も魔獣の知識もない。そんなものは使い物にならん。邪魔なだけの足手まといは消えろ」


「はうっ」


 これだけ罵倒されても文句一つ言わないとは。この姿のうちに日頃の鬱憤を晴らしておくのも悪くない。

 だが今はこれぐらいでやめておく。少しでも言い返せてアオイの気持ちも晴れた。


「自分でもわかっているんだろ? ならばお姫様はおとなしく騎士に守られていろ。俺はもう行く」


「お、お姫様だなんて……そ、それでしたらシャドウパラディン様に一生守られたいなぁ、なんてってあれ? シャドウパラディン様?」


 レスティがなにか喋っている途中だった気がするが、これ以上構ってられない。

 まだ蔓延る魔獣を倒すため、一人でも多くの人を助けるため、アオイは全速力で炎の海の中を泳ぐ。

 幸い炎はほとんど消火され、風系統で二酸化炭素は吹き飛ばされ、疲れても吸える酸素が戻ってきたところだ。

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