6 『非常事態』


 アオイの言葉を聞いた木也の動きが一瞬止まり、その隙をついた凪が<絶対零度>を撃つ。

 反応が遅れた木也は<破壊者>の発動が間に合わず凍りつく。が、体内に留めていた熱エネルギーで、芯から氷像と化す前に氷を溶かした。


「てめェ! 魔獣が来たって聞いてねぇのかァ! 今は魔獣が最優先だろうがッ!」


 凪と闘うというより、闘いの余波で魔獣をおびき寄せることが狙いだったのかもしれない。

 まともなことを言う木也の言葉に、アオイは木也が考えて行動していたんだとわかった。

 逆に頭脳明晰優秀の凪の方が冷静さを失い、怒りに身を任せて追撃を止めない。この結果こそ木也の失敗。むやみに地雷を踏んづけてしまった結果だった。


「チィッ!」


 一度崩されたリズムはすぐには戻らない。互角だからこそ、木也は<絶対零度>を相殺し切れず逃げる。

 先手を打とうにもタイミングが合わず、木也の<破壊者>が後手に回っていた。


「……仕方ないか」


 嫌いな木也に手を貸すのはアオイも嫌だが、今回は凪のために仕方なく力を使う。

『眼』で騎士団やクラスメイトたちの称号を流し見し、有効そうなものを見つけ出す。


「うーん……おっ」


 気になったのは、おとなしめな黒髪セミロングの眼鏡っ子委員長が持つ<思念伝達>。リーダーシップがあり、クラスのみんなひとりひとりをよく見ている委員長らしい称号だ。

 アオイは委員長の真後ろまで近づき、


「今の勇者様には周りの声が聞こえてない。どうすれば魔獣のことを伝えられるんだ……」


 委員長に聞こえるよう独り言を呟く。

 すると、委員長はなにか打開策を思いつき、離れた場所にいる海の元へ駆け寄る。


「如月くん! 私が<思念伝達>を使うから愛原さんに魔獣のことを伝えて! 如月くんの声が頭に直接届けば愛原さんも冷静になるかも!」


「わ、わかった!」


 割り込めないなら外部からアクセスすればいい。今の凪は木也を殺すまで止まらなそうだが、なんとか冷静にさえできれば大丈夫。

 委員長がチャンネルを繋げ、アクセスした海の思考が凪の脳に直接伝わる。

 直後──うたた寝から覚めたように凪はハッとし、手を止めたのを見て木也も立ち止まった。


「よっしゃ成功!」


 無事に成功したことを喜び、海は委員長の手を取る。


「ありがとう委員長!」


「う、うん。ど、どういたしましゅて」


「しゅて?」


「ななななんでもないから! 如月くんは愛原さんとところに行ってあげて!」


「うん? わかった」


 挙動不審の委員長を不思議がりながらも、今の優先順位を考えた海は凪の元へ向かう。


「大丈夫か、凪」


「ごめんなさい。私としたことが、どうしても冷静でいられなくなって……」


「わかってる。今は魔獣に集中するぞ」


「ええ」


 なんとか凪も持ち直してくれて、主人公がピンチのヒロインを助ける展開も作れた。結果的に見れば万々歳だ。

 凪が復活するまでに魔獣は押し寄せてきていたが、レスティ王女のおかげで死者は一人も出ていない。

 レスティは勇者を召喚したその人であり、性悪ながら一国の王女として<召喚師>の称号を持つ。その力で召喚した聖獣は数十体。先鋒の魔獣を押さえる程度は訳なかった。


「ここからが本番です! 勇者と王国騎士団は押し寄せる魔獣に備えなさい!」


「正気を失っていてごめんなさい。ここからは私も参加するわ」


「<絶対零度>の勇者。あなたには期待していますので、失態の分は自分で取り返してくださいね」


「言われずともそのつもりよ」


 横に並んだレスティと凪は同時に力を発動させ、遅い来る百を超える魔獣を真っ向からねじ伏せる。

 魔獣と対極に輝く聖獣たちと、対大勢に効果てきめんな<絶対零度>が、津波の如き勢いで魔獣を呑み込む。


 二人が取りこぼした魔獣も多いが、それらは討伐隊にとって獲物でしかない。

 最初に確認した数の何倍にも増えた魔獣だが、半数以上はレスティと凪、木也が殲滅した。残りは討伐隊が真っ先に食いつき、逆サイドから来た魔獣を騎士団と勇者が相手する。


 アオイは魔獣の足元に石を投げて転ばせたり、凪と木也がドンパチしてる間に仕掛けておいた罠で倒しやすくしていく。

 誰にも気付かれない範囲でサポートに徹し、スムーズに討伐されるよう仕向ける。

 その甲斐あって、ここら一帯に生息する魔獣はものの十数分で狩り尽くされた。


 数が減ってきて余裕が生まれると、研究や試験などの用途がある魔獣が数体捕獲される。

 拘束系の称号を持つ騎士団員や討伐隊が総出で捕らえ、王都まで持ち帰るらしい。


「いやー、疲れたねぇ」


「ウィルンさん、お疲れ様です。さすがにこんな数の魔獣を相手にしたことはないですから、僕ももうヘトヘトですよ」


 重症者はいても死者は出ておらず、ほとんどが軽症で済んだ。

 途中はどうなるかと思ったが、終わってみれば特に問題はなかったと言っても過言ではない。


「早くドナに癒やされたいよ」


「僕もドナちゃんに癒やされたいなぁ」


「ならドナの父親に」


「それはいいです。また銭湯で会いましょう」


 ここは王都から最も近い森であり、まれに人が襲われることもある。その森に棲む魔獣を数千体も討伐できたことで、騎士団は国を守れ、討伐帯は報酬がもらえ、勇者たちは達成感を持ち、それぞれが満足の結果で終わった。


 最初の作戦はこれで終わった。

 最初の作戦は無事に終わったのだ。


 ここは王都から最も近い森であり、木々の少ない場所からは前方の空もしっかり見える。

 数百メートルも歩けば、木々の間から王都も薄っすらと見えてくるのだが──。



 ゆらゆらと踊りながら、雲ひとつない青空へ昇る『黒ずんだ雲』がこちらを見て嘲笑う。

 今、木々の隙間からアオイたちの視界に映る『赤』はなんなのだろう。


 現実逃避するアオイたちだが、森を抜けた先には事実が待っていた。


 視界を埋め尽くさんばかりの『赤』が王都全域に広がっていく。

 黒く朽ちる建物から『黒ずんだ雲』が溢れ、逃げ惑う人々に死のダンスを見せつける。

 焦げた匂いにむせるアオイたちは片手をマスク代わりにし、


「ドナ──ッ!!」


 炎の海に溺れる大切な人を助けるため、自身も『紅蓮の世界』へ身を投じるしかなかった。

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