5 『破壊者』
クラスメイトたちとの対面の翌日──
支給された新品の洋服を着て、アオイたち討伐隊は王宮殿に招待された。
王宮殿の人間からは怪訝な表情でのご歓迎。それはわかっていたことなので、そこまで気にすることなくアオイは涙目で案内係についていく。
大人の倍はある扉が開かれ、神聖で汚い空気が廊下にまで届き、アオイの鼻を濁す。光の先には豪華な洋服を着た連中が並ぶ。
赤いカーペットを渡り、試験に合格した討伐隊の約四十名が貴族たちの注目を集める。もちろん歓迎する者は少ないが、討伐隊の連中も金が欲しいだけだから歓迎は不要。
「よく来た。余こそ、アイル王国の国王──ロエキ・セマカその人である。討伐隊諸君、歓迎しよう」
と言いながら目が笑っていない。頭に王冠を乗っけるおっさん──カマセ国王は、玉座に座ったまま左隣に座る人物と視線を交わす。
カマセ国王の合図に相槌を打ち、左隣にいた背丈の低い青髪の少女が席を立つ。
「王女のフォアラ・レスティです。私から一つ」
青というよりは紺色に近い腰まで届く綺麗な髪と、この世界では見慣れない艶のある肌。普段から手入れを怠っていない証拠であり、王族であるなによりの証。
身に纏う服はどれも値が計れないほどの最高級品で、平民から見た貴族すら見劣りする。だが、その十三歳ほどの少女が討伐隊を映す瞳はまるで汚物を見るようで、
「私は平民と馴れ合う気などさらさらありません。討伐隊の皆さんには充分な報酬を支払うと確約しますが、くれぐれも私に話しかけぬよう」
これ以上は視界に入れたくないと言わんばかりに目を閉じ、性悪王女レスティはどこかへ行ってしまった。
レスティの平民嫌いは有名であり、予想通りの発言だったのでアオイも気に留めない。というかアオイも王女が嫌いだ。
「さて、早速だが、そなたらは勇者や王女と共に魔獣討伐へ向かえ。王女も言っていたが、普段の十倍の報酬は約束しよう」
いくら嫌われようが討伐隊にとってそんなことはどうでもいい。カマセ国王が言うように、いつもより稼げさえすれば満足なのだ。
「場所は騎士団長が追って知らせる。そなたらの活躍を期待しておるぞ」
互いのために話は簡潔に済まされ、討伐隊一行は騎士団の一人に案内される。
▶ ▷ ▼ ▽
一部の部隊とはいえ数が最も多い騎士団が先頭と後尾を固め、王女、勇者、討伐隊は中間部分の配置で進む。
平和ボケが抜けきっておらず、クラスメイトたちの中にはくだらない話で盛り上がるグループも。だが半数以上は本当に死ぬかもしれないと理解し、特に凪は一言も発していない。
凶暴化した魔獣との戦闘経験豊富な討伐隊はこなれていて、雑談と平行して警戒もしている。雑談をするのはメンタル面のケアのため。ずっと警戒状態では倒れてしまいかねないからだ。
警戒を続ける凪はまさに危険な状態。心配になったアオイは凪から目を離さない。
「どうしたんだい?」
凪を注視するアオイに話しかけてきたのは、銭湯で仲良くなった赤毛マッチョのウィルンだ。
「なんかさっきから勇者の子を見てるようだけど……確かに綺麗だねぇ。この世にいる女は誰も勝てないよ。性格を除けば、だがねぇ」
「そんな高望みしてませんよ。ただちょっと危なっかしいなーって思って見てるだけです」
「それは同感だよ。ぶっ倒れなきゃいいけど」
「まぁ、海がついてるんで大丈夫だと思いますけどね」
「ん? まるであの勇者さんたちと知り合いみたいな言い方だねぇ。勇者は別世界から王女さんが召喚したって噂だけど」
「あー……いや、同年代なのでちょっと親近感が湧いたのかもしれません。別世界から来た人たちと知り合いなわけないですよ〜」
つい本音を漏らしてしまった。ぎりぎり言い訳を思いついたが、誤魔化しきれるかどうか。
アオイの顔色を伺っていたウィルンは、
「……そりゃそうか。確かに歳も近そうだしねぇ。タクルにもまだチャンスはあるよ」
応援するように親指を立てた。
「だからそんなんじゃないですって〜」
内心ホッとして茶化すように笑いながら、アオイは凪の様子に違和感を覚える。
日本にいたときから凪は男嫌いだった。それは、一言目が『消えてくれる?』だったアオイも身を持って実感している。
だが、こっちの世界での凪の精神は不安定で、まるで幼馴染の海以外の全てが敵だと思っているかのようで。
その証拠に、こっちの世界で凪が笑っているところをまだ見ていない。
「ふーん……ならドナの面倒を」
「それは遠慮しておきます」
まだ諦めていなかったのか。
即答での拒否を、やっぱりか、という顔でウィルンは受け止めた。
そんなことを話していると、辺りの空気が淀み始める。先頭の騎士団が立ち止まり、
「魔獣の反応を捕捉! 数はおよそ三十!」
「すでに周りを囲まれています!」
「数の多さからオオカミかと思われます!」
全員に伝達するように叫び、体制を整えた騎士団たちだったが、その行動は無意味に終わった。
草むらや樹の陰から飛び出す魔獣は一匹残らず爆砕し、四肢を散らかし赤い雨を降らすだけ。魔獣には意思も生存本能もなく、仲間がどれだけ死のうと意に返さない。それが災いし、次から次へと肉片が増え続けていく。
「──ケッ、つまんねぇなァ!」
乱暴な声はちょうどアオイの頭上から聞こえる。
三十四もいた『闇い靄』を纏う赤眼のオオカミは全滅し、樹の枝から一人の男が降ってきた。
「もっと、殺り応えある奴はいねぇのかァ?」
耳にはたくさんのピアスがつけられ、拳にはメリケンサックをはめている。特徴的なツンツン頭はど派手な赤と金のミックス。荒れ乱れている制服はマントになっていて、一周回っておしゃれに見えなくもない。
校則違反間違いなしの男だが、彼を咎められる教師は日本に存在しないだろう。
彼の名は
「俺は誰でもいいんだぜェ。なぁ『氷結姫』さんよォ」
木也から話しかけられたが、凪は完全に無視を決め込んでいる。
「なんなら夜の相手でもいいんだぜェ!」
刹那に凍結した空気が爆発。巻き込まれた騎士団や勇者たちは二人から離れ、その間にも凪の<絶対零度>が暴れる。が、冷気は爆熱に呑まれて蒸発し、木也にまで届かない。
「ひゃっはァー! 最高だぜ氷結姫ェ! もっと俺を愉しませてくれよォッ!」
3%『侵蝕』された『眼』で確認すると、木也の称号は<破壊者>だった。それで爆発を起こし、生じた熱で<絶対零度>を相殺している。
「曲がりなりにもクラスメイトを本気で殺そうとしてくるとはやるじゃねぇかァ! 今のてめぇは間違いなくこっち側の人間だよ!」
「黙れ」
相性の問題で互いに有効打はない。この闘いを木也は愉しむが、凪の怒りはますます膨れ上がっていく。
パーセンテージを上げたアオイは6%の『眼』で凪を見る。予想通り、このままだと二つのまずい事態が起こってしまう。一つはもう手送れだが、せめて二つ目を止めるため、
「──まずい! 魔獣の大群がここに押し寄せてくるぞー!!」
アオイは現在進行形のまずい事態を叫んだ。
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