4 『湯けむりのクラスメイト』
勇者として扱われているみんなは王宮殿にいるはず。向こうの方が大きな銭湯があるはずなのに、なぜこっちに来たんだろうか。
「いやぁ、いきなりすんません」
「おんなじ目的で闘う仲間として」
「討伐隊のみんなと仲良くなった方がいいんじゃないかって」
元気溢れるやんちゃ坊主な男子たちが一斉に後ろに振り返り、
「「「海が」」」
打ち合わせでもしたのか、本番一発目とは思えないシンクロ率で声を揃えた。
「えっ、ちょ、ここで俺に振る!?」
「だって事実じゃん」
「よっ、リーダー!」
「一言どうぞ!」
「えぇ……」
顔面偏差値だけなら日本一になれるだろう海だが、中身の平凡さから男女共に親しみやすい。
内面をよく知る女子たちには目の保養にだけ使われ、男子たちとはくだらない会話で盛り上がる。
生徒会長候補に勝手にノミネートされたこともあったが、結果は終始無言。涙目になって退場し、海にとって公開処刑に等しかった。
「えー……俺たちは勇者なんて呼ばれてますが、その前に皆さんと同じ人間です。えー、ですが、戦場に立つ同士でもありまして、えー、近すぎず、遠すぎず、適切な距離で、えー……戦友? として、やっていけたらいいなぁと思ってます。はい。えっと……よろしくお願いします」
しどろもどろながらも言い切り、お辞儀した海を尻目に、
「ひゃっほー!」
「温水プールだぜー!」
やんちゃ坊主たちは湯へ飛び込む。
「ちょっと! 迷惑かけない!」
「
「うん。そうだね」
周りに迷惑をかけるやんちゃ坊主たちを叱り、琴音は委員長ともう一人の女子と三人で湯に浸かる。
「ふっ……やれやれね。こっちまで恥ずかしいわキャッ!」
冷静ぶっていた茶髪ポニーテール女子は、踏み出した足を滑らせてすっ転ぶ。それを、ほぼ同じ顔の短髪アホ毛女子が覗き込み、
「
浴槽へハイテンションに走っていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさギャフッ!」
こっちでも変わらないやり取りを見つめ、懐かしさを感じたアオイは海に視線を向ける。
安堵の息を吐く海を見るとつくづく思う。その顔面でよく性格がひねくれなかったなと。
それも、海の幼馴染である凪のおかげだろう。
人類史に残る数多の美女もひれ伏し、いっそ権力と言って差し支えないほどの美貌。性別の違いはあれど、海より上を行く凪が幼稚園の頃から側にいたのだ。犯罪性のある視線や奇怪の眼差しが誘導され、海は本来起こる事件に遭遇せず済んだ。
その代償として、凪の方は元通りになるのが不可能なほどねじ曲がってしまったが。
「んーじゃ、あーしらも入ろっか〜」
お次はギャルグループのお出ましだ。
アオイとあんまり関わりがなかったグループで、まともな会話をできる気がしない連中でもある。
同じクラスにいながら全く別の世界で生きていて、今も早速、青年や顔のいい男たちとの距離を詰め始めた。
アオイの歳もギャルたちの射程内なので、絶対こっち来んな、と願う。それが通じたのか、本当に誰一人として近寄って来ない。
それが逆に落ち込みそうになったが、原因はアオイの隣にいる人物だとすぐ理解する。
一言も話さないから気付かなかった。
「──ねぇ、あなた」
動揺が態度に出ないよう気をつける。
勇者の噂は聞いたことがない。ということは、まだこの世界に来て長くとも一週間。だというのに、十年以上も過ごしてきたアオイが気配に気付かなかった。
「さっきは助かったわ。ありがとう」
さすがと言うべきか、文武両道でどんなこともそつなくこなす完璧超人さは変わらないようだ。そんな凪から感謝の言葉とは珍しい。
「えっと……さっき、とは……?」
「ヴァニタス・コアとかいう魔獣を凶悪化させるあれの存在。この世界じゃ常識なのかもしれないけれど、異世界から来た私は知らなかったの。あなたが気付かなければみんな死んでいたわ」
主人公たちはモブの顔なんて覚えてないと思ってたのに、自主勉ゼロでテスト満点さんの記憶力は健在か。
「そ、そうですか。勇者様の手助けができたなら、僕にとっては光栄なことです」
「……不思議な感じね。もう、海以外の男と関わるつもりはなかったのに……あなたと話していると、妙に安心するわ」
「そ、そうですか?」
「雰囲気かしら……知り合いに似ているのよ」
やばい。第六感か女の感か、凪の潜在意識がアオイの正体に気付きかけてる。久しぶりに話せてアオイも安心したが、このまま会話していたら危ない。
「それに、あなたは私を『ものにしたい』と思っていないわよね? 自分で言うのもなんなのだけれど、そういう男って珍しいのよ」
思ってないというか、そもそも最初から諦めている、が正しい表現。
まだ雲を掴む方が千倍簡単だし、なんなら世界から戦争をなくす方がアオイにとって百倍ぐらい楽だ。
「ははは……それだけ綺麗な容姿だと、いろいろ厄介なことに巻き込まれちゃいそうですよね」
「ええ。本当に……この顔は呪いだから」
意味深な台詞をこぼした凪の表情が曇る。
言っちゃいけないことを言ってしまった。正体がバレるのもまずいので、この空気に乗じて話を終わらせる。
「それより、いいんですか? 僕なんかと話してるより、あの海っていう勇者様と一緒にいた方がいいと思いますよ」
「……あなたにそう言われると、なぜか無性に殴りたくなるわね」
「なんで!?」
「そんなの私が訊きたいわよ。まぁ、いいわ。あなたの言う通り、私は海と作戦会議でもしてくる」
アオイに背中を向けた凪は、離れる前にこちらに振り向く。
「でもその前に、あなたの名前を聞かせてくれる?」
「え? 僕の名前……ですか?」
「ええ。私は
「えっと……僕は、タクルです。勇者様、共に魔獣を倒しましょう」
一線引くために『勇者様』と呼んだのがまずかったか、不快感をあらわにする凪はアオイの差し出した手を見ない。
「……そうね。討伐隊の少年、私たちのサポートをよろしく頼むわ」
意趣返しにアオイの名前(本名じゃないけど)を言わず手も取らず、今度こそ背を向けて凪は去っていった。
もちろん悲しい気持ちはある。でも、真剣に話す凪と海を見て、アオイはもう一つの目標を立てた。
本人たちは態度に出さないけど、アオイ目線から見て凪と海は両思いだと思う。
男嫌いの凪が唯一話せる気負わず男が海だし、海にとっても凪は大切な幼馴染。
凪が誰かのものになるのは世界の損失だが、その相手が海なら戦争は起こらない。
「よし、親友の二人をくっつけるか」
目の前で
天国から見守るお婆ちゃんの気分で、アオイは二人の恋路を手伝うことを決めた。
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