2 『ヴァニタス・コア』
適正試験の内容は、王国が捕らえた凶暴化した魔獣とのご対面だった。
もちろん元があまり強くない個体だが、数はそれなりに確保しているらしい。
グルングルン曰く、倒してもいいがなるだけ倒さず戦闘不能にしろ、とのこと。しかし、実力が伴わない者は逃げ出すか、逃げることすらできない者や無駄な意地を張る者は重症を負う。
騎士団たちも討伐隊を助けるつもりでいるが、どうしようもない状況に陥れば最悪死ぬ。
僕の出番はすぐ次まで迫っている。念の為3%まで『侵蝕』させて『眼』を使っているが、今のところなんの異常も見られない。
「次」
前の人が魔獣を殺し、合格を言い渡されて別室に案内される。そして、ようやく僕の出番が回ってきた。
「ブルルるるぅぅぅ……ゴゥゥ……」
イノシシを何倍にも大きくした見た目。牙だけで人間の子供ぐらいの大きさがあり、それと同等レベルの角が突き出ている。
凶暴化した魔獣の特徴である『
脚に繋げられた鎖がイノシシの動きを封じていたが、今、
「ブルルゥオオォォオォッ──!!」
騒々しくなる騎士団連中。その反応を見るまでもなく、僕は『眼』を通して異変に気付いていた。
まずわかったのが、あのイノシシはもう死んでいる。お前はもう死んでいる的な意味じゃなくて、体内に埋め込まれたコアがイノシシを動かしてるっぽい。
もし数個集めて爆発させたら、小さな町なら消滅するレベルのエネルギーが凝縮されている。
「魔獣を強化する高密度コアって確か……」
僕の呟きはイノシシに蹂躙される騎士団連中の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。
「一時緊張退避! 体制を整える!」
騎士団長と自称していたグルングルンの命令で、騎士団連中の動きが変わる。イノシシから距離を取り、グルングルンが指示する通りの陣形を形成していく。
「うわァァァ!!」
「逃げろぉぉ!!」
「あんなのどうしろって言うんだよッ!!」
試験がまだの討伐隊連中の半数以上は逃げ出すが、自信がある者は残った。自分の実力を示そうとして、我先に、とイノシシへ向かう。が、よくわからないコアの力なのか、イノシシは圧倒的な数の差をものともしない。
これは本気でやばい状況だが、同時にチャンスでもある。
見かけにそぐわず本質は優しいあいつが、この状況を指を咥えて見てるだけのはすがない。ここは、元親友の点数を引き上げておこう。
「──落ち着きなさい!」
騎士団員や討伐隊、クラスメイトのほとんどが逃げ出す中、一人だけは冷静のままでいた。
「私がやってあげるわ」
勇者の一人にして『美』の化身の凪は、日本人らしからぬ落ち着きっぷりを見せる。
これだけたくさんの血が流れれば、他のクラスメイトみたく吐いたり逃げ出すのが普通。この世界に慣れたアオイの目から見ても、凪の冷静さは異常だった。
「ゆ、勇者様! しかし、まだこの世界に来たばかりで……」
「騎士団に任せれば死者が増えるだけよ。ここは私と海に任せておきなさい」
「いいいいやぁ、お、俺はびびってちびりそうなんだが……」
「かっこつけモードでなんとかすればいいでしょう?」
「いぃやいやいやいやいやいやいや、ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ! これはまじで精神持たんって!」
吐いてないだけ他よりマシだが、さすがの海でも腰を抜かして全身を震わせている。全力で首を横に振って協力を拒否した。
いつものことながら情けない姿に呆れた凪は、「なら一人でやるわ」と言葉通り一人でイノシシの前に立つ。
このまま闘えば、いくら強力なコアといえどもさっきの強さを見るに凪なら楽勝だろう。それはそうなのだが、さっきみたいに冷凍したあと壊してしまうと、コアが爆発する恐れがある。そうなればここにいるみんなが死ぬ。至近距離から爆発を受ける凪も、強固な氷で守ろうが消し炭になる。
ならアオイは、ご都合主義のモブになるだけだ。
「凶暴化した魔獣の強化……まさか! 伝承のヴァニタス・コアなんじゃないか!?」
討伐隊の中にいる一人でしかないアオイが言うと、周りの連中も次第に気付き始める。
「そ、そうか! かつて魔王が魔獣を我がものとするために生み出したヴァニタス・コア!」
「爆発すれば街をも吹き飛ばすエネルギーを持ち、破壊した者は亡骸すら残らないっていうあの!」
「魔獣の死骸から心臓を抜き取り、埋め込めば凶悪化させて格段に強化できるっていうあれか!」
他のモブたちがうまくアシストを決めてくれて、大声で叫んだ説明が凪の耳に入った。
「……よくわからないけど、要はそのヴァニタス・コアを壊さなければいいのよね」
さっきの説明で心臓部分にコアがあることは伝わったはず。幸い凪は<絶対零度>の称号を持ち、ヴァニタス・コアを対策できる。
『侵蝕』を5%まで上げた『眼』で確認したが、あれがヴァニタス・コアということはほぼ間違いない。
「私なら壊さず殺せる」
凪が<絶対零度>でイノシシをカチンコチンにする。が、暴れるイノシシには足りず、完全冷凍する前に氷は破壊された。
「足りない……ならこれでどうかしら」
先程までとは比べ物にならない冷気を発し、床や天井を凍らせながら発動された魔法がイノシシを襲う。
室内なのにこの空間だけ猛吹雪に見舞われ、そのエネルギー全てがイノシシの周りに集まる。
そして、凶悪化した魔獣でさえ抜け出せない強固な氷檻が完成した。
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