1 『邂逅のクラスメイト』


 王都に集まった討伐隊。本部より多くの賞金を出してくれることから、参加する人数は数百名にも及ぶ。


「皆、よく集まってくれた」


 全身甲冑姿で大剣を担ぐおっさんは、討伐隊の面々に感謝の意を表する。


「私は王国騎士団長のグルーンという者だ。早速だが、君たちには適正試験を受けてもらいたい。凶暴化した魔獣を対処できるか否か、それができない足手まといは不要だ」


 討伐隊の中には、まだ凶暴化した魔獣と未遭遇の者もいるはず。いきなり実戦に投入すれば、これまでの魔獣とのギャップで対応が遅れる可能性が高い。

 王国騎士団長を名乗るだけはあり、グルングルンとかいうおっさんはよくわかっている。


「実戦試験の前に、まずは君たちに紹介しておこう。適正試験を乗り越えた者は、共に魔獣と闘うことになるのだからな」


 グルングルンが乗っている壇上の袖から、二十人の少年少女たちが姿を現す。

 茶髪や金髪、黒髪など、全体的には黒が多い。茶髪と金髪はそれぞれ三、四人ほど。奇妙なことに、その全員の格好は似ている。

 その中でも、ひときわ存在感を示す二人の男女が総勢二十人の先頭に立つ。


「えーっと……皆さん、俺……僕たち? いや、私たちの方がいいか?」


「私に訊かないでくれる? そんなものどっちでもいいでしょう」


「なら、俺たち、で行くか」


「私の顔色伺うな」


 腕を組む黒髪ロング女子は、絶対零度の鋭い眼光で隣の茶髪男子を睨む。その雰囲気と態度から怖いイメージが定着するも、嫌いになれないのは他を置き去りにする凛々しさのせい。

 美少女、という表現は相応しくない。美女とも少し違う。言うなれば『美』そのもの。着飾るべき洋服が本体に惨敗している。


「いやぁ、だってさぁ……こういうのは昔から緊張しちゃうんだよなぁ」


 睨まれた茶髪男子も一線を画す。緊張して手足が震えながらもその姿は絵になる。いかなる状況に陥っても、この好青年のかっこよさはきっと変わらない。

 すらっとした長い脚と、輝くキラキラフェイス。『美』の隣に立っても見劣りせず、他の男子と同じ服装でありながら全く別物に錯覚させる。


「あんたがリーダーやるって言ったんでしょ?」


「それは、みんなからの圧を感じてさぁ」


「かっこつけモードも大概にしなさいよ。私が代わりにやってあげるわ」


 茶髪青年に呆れてため息をつき、黒髪ロングの少女が一歩前に踏み出す。


「えー、単刀直入に言いますが、私たちが勇者らしいです。適正がある人たちはよろしくお願いします。以上」


 お願いした、というより命令に聞こえた。自分より一回りも二回りも大きな男たちに向かって、少女は強気な態度で見下ろす。

 無論、討伐隊の面々が黙っているはずもなく、


「おいおい、なんだぁその偉そうな態度はよぉ」


「勇者だがなんだが知らねぇが、ひ弱な譲ちゃんが偉ぶってんじゃねぇよ!」


 討伐隊にいる連中のほとんどは、なにもせず楽に暮らす王族や貴族を嫌っている。そんな奴らが決めたルールになど従わず、気の短い男二人が壇上に上がった。


「顔と体はいいじゃねぇか。勇者なんざやめて俺の女になれよ」


「それなら俺にも分けろよな」


 二人が言った台詞が空気を淀ませる。刹那──熱気に覆われていた空間が凍りつく。

 後ろにいるクラスメイトが怯えるほど、憤怒した黒髪ロングの少女が手を動かす。が、その手は茶髪青年によって押さえられる。


「──カイ、邪魔する気?」


「まぁ少し落ち着けって、ナギ


 海と呼ばれた茶髪青年は、黒髪ロングの凪と男二人の間に割って入った。


「なんだお前は」


「俺の名前は如月キサラギカイ。まぁ、そんなこと今はどうでもいいんだよ。それより謝るなら今のうちだぞ。お前らが言った言葉は凪の地雷なんだよ」


「ジライ? 意味不明な言葉で誤魔化すな!」


「野郎に用はねぇんだよ!」


「あぁあー、俺も精一杯止めたからな? それはお前らが悪い。もう俺は知らん」


 諦めて凪から手を離し、海はグルングルンにこそこそとなにかを確認する。その間に、地雷を踏み抜いた男二人は大変な事態に見舞われていた。

 下半身が完全に冷凍され、視認できる冷たい冷気が男二人の手に触れ、即冷却。


「ヒィィッ!」


「た、助けてくれェッ!!」


 命乞いする男二人の凍った手を掴み、凪のひ弱な拳が握り砕く。


「あぁあああああああああァァァッ!!」


 二人の絶叫に他のクラスメイトは震え上がるが、凪の冷徹な瞳は動かない。男二人の下半身を蹴り砕き、血でじゅうたんを汚さないよう上半身も氷像に変える。

 身体の芯まで氷に変化した男二人を踏み砕き、凪はクラスメイトたちの前で人を殺した。


「……私に話しかけるな。私に触れるな。悪意の視線に私を入れるな。討伐隊の皆さんが活躍して、腐れ貴族共より世界の役に立っていることは重々承知しているわ。でも、私に関わるな。こうなりたくなければ」


 残っていた氷の生首を蹴り転がし、離れた位置から凪が拳を握る。その動作に連動し、生首は討伐隊の足元で粉々に砕け散った。

 そんな光景を目の当たりにし、討伐隊だけでなくグルングルンやクラスメイトたちの顔も青ざめる。海だけは哀しげに凪の後ろ姿を見つめていた。


 冷気が消えたあとの空気も凍りついたまま。

 それでも、アオイだけは歓喜していた。感極まって、自然と涙が溢れ出てくる。

 勇者が討伐隊を殺した事実などどうでもいい。これは大問題になるだろうが、今のアオイにとって国程度の規模の事件など些細なことだ。


 忘れていた。思い出した。全部、大切な記憶を思い出した。


 ──ここは異世界。僕は地球にいた。


 凪と、海と、みんなと、同じクラスで過ごした仲間メイト。あの日、あの場所、修学旅行で、バスジャックなんてなければ、アオイもあの中の一員だった。


 でも、アオイはあの中にいない。今は声も姿も変わって、向日葵からムカイ・アオイとなった。

 もう、あそこに戻ることはできない。もう、クラスメイトとして顔を合わせられない。もう、アオイは日本人になれない。


 だから決めた。この瞬間、心に誓った。海や凪たちのために生きようと。

 これからのアオイがこの世界で生きる理由は、みんなを無事に地球へ返すことだ。


 地球人じゃないアオイは戻れないから、せめて、決して正体がバレないように、影からみんなを支えていこう。


 ──例え、この力を使ってでも。

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