第54話 俺が一体何をしたっ!?

 精霊正教国の大樹の街へ到着する直前、ライラたち帝国兵たちが街の前で停止し、急に野営の準備をし始める。


「ん? どうしたんだ?」


 俺が疑問に思って声を出すと、隣にやってきたライラが答える。


「この周辺で一度野営するのですが、何か問題でも?」

「街に入らないの?」

「ええ。200名弱とはいえ、他国の兵士が街に入ると混乱しますからね」

「不要な混乱を避けるためか。なるほどねぇ」


 感心する様に頷くと、精霊大樹の街から先行していたポーラやカチュア、そしてアローシュの3人がやってきた。


「お待ちしておりました……って、あら? 長老との話し合いは済んでいますから、街へ入っても問題ありませんよ?」


 ポーラが不思議そうに首を傾げると、ライラが頭を下げながら答える。


「お心遣い痛み入ります。ですが、不要な混乱を避けるため、今宵はこちらで野営いたします。必要な物資がある場合は融通していただけると嬉しいのですが」

「それは問題ありません。むしろ遠慮なく仰ってください」

「ありがとうございます。では、出来れば……」


 ライラとポーラが話し合うのを尻目に、アローシュとカチュアが俺たちの方へと歩み寄る。

 ライラがポ-ラと話し合っている今、レヴィンがアローシュに姿勢を正して迎える。


「レヴィン。俺たち帝国の部隊は北東の魔霊集団を相手にする」

「承知した」

「私は?」


 レヴィンの傍に控えていたヘレナが首を傾げると、アローシュは苦笑い交じりに告げる。


「ヘレナは……俺たちと一緒だ」

「ええ。わかったわ」


 アローシュが憮然とした顔のまま告げると、微笑みを浮かべたまま頷くヘレナ。すると彼女が俺の方へ目を向け、口元を小さく上げ、僅かに頷いた。


「お食事会は、夜にでもしましょうね」

「え? あ……そ、そうですね。そうしましょう」

「食事会?」


 アローシュが無表情のままヘレナに尋ねると、笑顔を崩さずに向き直る。


「ええ。ダリルさんがをお食事に誘ってくださったのよ?」

「そうか」


 ……相手って、まさかの帝国宮廷魔導士だったのか?。


 当のアローシュは俺の方を一瞥すると、興味なさげに小さく首を振る。


「……ふん、まあいい。ではカチュア、こっちに来なさい」

「え? 私はダリルさんと……」


 急に話を振られて戸惑うカチュアに、アローシュは表情を変えずに首を振る。


「彼の事はポーラが対応する。とにかく、光破滅却リヒタシュロヌークを覚える事が重要だ。ヘレナ、行くぞ」

「ふふっ。カチュアさん、行きましょう」

「はうぅ……」


 肩を落として精霊大樹の街へと向かう3人を見送ると、話し合いを終えたライラとポーラが入れ替わりにやって来る。


「明日、我が帝国部隊はトルティア殿とセレステア殿らと共に、精霊の森北東部を守ります」

「ダリルは私と共に北部を守ることになったわ」


 少しばかり嬉しそうな表情をするポーラ言いぶりに、突如エリーが若干不服そうな表情をして姿を現す。


『相手は魔霊で間違いないの?』

「斥候からは悪霊がいる可能性があると報告があったようだけど、今のところは大規模な魔霊の集団だという事しか認識していないわ」

『北東部に悪霊が現れた場合はどうするの?』

「万が一悪霊が現れた場合は、精霊正教国の魔導士たちが足止めを行い、私たち教会関係者が集合する事になっているわ。その際には、エリーちゃんも一緒に合流して欲しいの」

『えー……ダリルの傍を離れたくないのだけど』

「どうして?」

『油断も隙も無いからよ』


 複雑そうな表情をするエリーを見て、不思議そうに首を傾げるポーラ。


「どういう事?」

『言葉通りよ』

「さっぱりだわ」

『まあ、そうよね』


 ところがポーラは何かを察したのか、エリーの向ける視線の先にいるライラを注視し、再び視線を戻してため息をつく。


「……そう言う事?」

『そう言う事』

「『はぁ……』」


 俺をジト目で見つめ、ため息を吐く二人。


「な、何?」

「何でもありません」

「そうなの? でもさ、怒っているよね?」

「怒ってないです。まあいいです。で、ダリルは後方で働いてもらいます」

「え? なんで?」

「何でって言われても……ね」


 ポーラとエリーが何とも言えない表情を浮かべる。


「魔霊が相手だから」

『魔霊が相手ではね』


 見事にハモッている。

 あれ? 俺、いらない子?


「あ、あのね、こう見えても俺ってば冒険者だよ? 銀等級シルバーランクよ?」

「知ってますよ?」

『知ってるわ』


 何言ってるのコイツみたいな顔しないで欲しい。


「なのに俺は後方?」

「ええ。魔霊ですから」

『ダリルは剣士だもの』

「俺ってば要らない子か……」


 落ち込む俺に、ポーラが俺の正面に後ろ手にして立ち、ふわりと微笑む。


「勘違いしないで。ダリルには、魔霊ではなく、屍鬼グールを相手にして欲しいの」

屍鬼グール?」


 屍鬼グール


 生ける屍リビングデッドと言われる存在であり、魔霊によって殺された者たちが魂を汚され、長い年月を経て自我が崩壊した所謂アンデッドだ。

 だが、屍鬼グールは剣で倒すことは難しい。にもかかわらず、俺に相手をしろと言う。

 まあ、問題ないんだけど……。


「ええ。屍鬼グールよ。エリーちゃんから聞いたけど、ダリルは聖銀ミスリルの剣を持っているのよね?」

聖銀ミスリルの剣?」


 そこまで言って、俺はエリーに視線を向けると、何かを察したのか静かに頷いた。


「……まあ、あるね」

「ならば、問題ないわね」


 言いよどむ俺を見て、クスっと小さく笑みをこぼすポーラ。

 でもねぇ……。


「でもさ……あいつら大変なんだよね。なかなか倒れないし、痛みを感じないからダメージ関係なしに結構な馬鹿力で襲ってくるし、それに……何と言っても酷い匂いだしなぁ……」

「まあ、魔霊は私たちや帝国魔導士兵の方たちが相手してくれるから心配しないで。むしろ魔霊以外を討伐してもらった方が効率が良いから、その意味も含めて頑張ってね」

「そっかぁ……離れ離れは少し心許無いなぁ」

「精霊正教国の兵士たちが共に戦うから心配しないで。じゃあ、準備を整えたら皆で夕食を頂きましょう。明日から忙しくなるから、休める時に休まないとね」


 微笑むポーラに頷いて応じると、隣にふわりとエリーが寄り添ってくる。

 よく見ると、口元が若干ニヤけている。


『……まあ、頑張って』

「明日の話? そりゃ頑張るよ?」

『そういう事じゃ無いんだけど……ま、いっか』


 意味深なエリーの言葉に、俺は疑問に思いながらもその場を後にする。

 まあ、エリーの言った意味を理解するまで、さほど時間はかからなかった。





 その日の夜、出発を控えた部隊の面々に英気を養ってほしいという長老たちの計らいにより、ささやかな宴席が設けられた。

 とはいえ、お酒はたしなむ程度にしか出されていない。明日の任務に影響が出ない程度として用意したのだろう。


 で、その席上で、俺はいつぞやの約束通り、ヘレナと一緒に食事をしている。もちろん、彼女の下で修業しているというカチュアも一緒だ。

 で、俺たち以外にもアローシュやライラにレヴィンといった帝国の者も一緒だったし、更にはポーラやトルティアにセレステアといった精霊正教国ゆかりの者も一緒だ。

 絶対にニマニマしている視線を感じる。そんな背後から俺の様子を見つめてくるエリーはこの際無視だ、無視。


 でだ、食卓に並べられた様々な料理を前にして、俺たちはじっと一点を見つめている。


 視線の先には、木のボウルにてんこ盛りになっている新鮮な野菜サラダをこれでもかと自分の皿によそい、物凄い笑顔を浮かべてあむあむと食べている人物の姿があった。


 精霊正教国に無くてはならない存在、光の巫女様フィラエルだ。


「……な、なんでお母さまが?」

「ふぁんふぇっふぇ?」


 呆然とした顔をしながら様子を見守る俺たちをよそに、美味しそうに新鮮な野菜サラダを口いっぱいに頬張っていたフィラエルが、げんなりした表情のポーラに視線を向けて首を傾げる。


「い、いや、せめて飲み込んでください」

「ひょう? …………んっく。何でって~、美味しそうだからだけど~?」

「ご飯につられたのですかっ!?」

「ええ~。だって~、と~っても美味しそうな匂いがしたんだもの~」

「ぇー……巫女の役割はどうしたのです?」


 腕を組み、ポーラに満面の笑顔を見せて小さく頷く。


「だいじょ~ぶよぉ。パパに任せて来たから~」

「は?」


 そんなんで良いのか!?


「そ、そんな事でよろしいのですか!?」

「え? だいじょ~ぶ~だいじょ~ぶ~。ちょちょいっと指を鳴らせば~あら不思議~」


 パチンと指を鳴らすと、精霊大樹が柔らかく枝を揺すったであろう音が辺りに広がる。

 その瞬間、周囲にうっすらと輝く光の粒子が、ふわりふわりと舞い踊る。


「ほう。光の精霊たちか」


 アローシュが感心した様に小さく呟くと、食卓に着く全ての者たちが嬉しそうにその光景に見入る。


「そうですよ~。この子達、皆の事が好きなのね~。あら? ダリルの傍が一番お気に入りみたいね~」


 言われてみると、俺の周囲には他よりも若干多めに光の粒子が舞っていた。

 はぁ……凄いねこれ。


「まだまだ力が無い子達だけれど~、み~んなぽかぽかしに来たのね~。私もだけど~うっふっふ~」


 にっこりと笑顔を浮かべるフィラエルをよそに、ポーラは額に手を当てて眉間に皺を寄せる。


「お母さま……何度も言いますが、ダメですからね?」

「あら~残念~」


 うふふと笑いながら、再びサラダに食指を伸ばす。


「はぁ……ダリル、折角ですから、召し上がってください」

「あ、ああ。そうだね。うん、そうしよう」


 ポカンとした俺に気遣ってか、ポーラが声をかけてくるので頷いて目の前の食事に手を付ける。

 すると、俺の隣に座っていたライラが、ワインボトルを掲げて声をかけてくる。


「ダリル、さあどうぞ」

「ん? ああ、ありがとう」

 

 差し出されたワインボトルの先に杯を寄せると、ライラはニコリと微笑みながら濃紫色の液体を注ぐ。


「ふふっ。戦前いくさまえの盃ですね」

「まあ、命を大事にね」

「ええ。その後こそ、本当の戦いになりそうだからな」


 そう言いながら、ライラはチラリとポーラに視線を向けると、視線に気がつき、最初はポカンとした表情を浮かべたが、すぐさま訝しげな表情へと変えると、俺の脇腹を突いてきた。

 

「ダーリールー……どういう事かしら?」

「ど、どういう事って?」

「私がいない間に何をしてきたの?」

「な、何って、別に何も……」

「私に惚れてくださいって、言っただけです」


 キョトンとしながら、ライラが何のことは無い素振りで一石を投じる。


「「何ですって!!!」」


 急に立ち上がるポーラとカチュア。

 って、何で聖女様まで立つのさ。


「エリーちゃん! 貴女が居ながら一体全体どうなってるのよっ!?」

「ライラさん! そんな話聞いてませんっ!!」

「あらあら~、何だか面白くなっている様ね~ふふふ~」


 唖然とするポーラとカチュアをよそに、フィラエルはニコニコしながらサラダをぱくりと頬張る。

 すると、俺の背後にふわりと浮いていたエリーがため息を吐く。


『まあ……見ての通りよ』

「だーかーらー、何があったのかを聞いてるのっ!」

『まあ、腐れ縁ってやつかしら……ね?』

「ん? 腐ってないが、身も心も温めるのはこれからかな?」


 エリーがため息交じりに呟く言葉を受け、小さく首を振りながら屈託のない表情で笑うライラ。そんな彼女をあんぐりと見つめ、ポーラはブツブツ呟き始める。


「……私が残っていればよかった……いいえ、さっさと既成事実を作っておけばよかったかしら」

『心の声が駄々洩れよ? というか、邪な行動は阻止するからね? ポーラ』

「傍に居ながら何も出来なかったエリーちゃんには言われたくありませんっ」

「ああ、何てこと……。やはり一刻も早く私が悪霊から解放して差し上げて、癒しの光で支えてあげなければなりませんね!」


 何故か女性4人がわちゃわちゃしているが、あのさ、俺の意見は? 意思は?


「ふふふ……ダリルさんも大変ね。まあ、私は第三者だから見ていて面白いのですけど。ね、アローシュ」

「……俺を巻き込むな。色恋は苦手だ」


 うっすらと笑みを浮かべるヘレナに、アローシュは憮然とした表情のまま勝手にしろとばかりに言う。


「あら? あれだけ私の魔法を褒めちぎった挙句、純真無垢な乙女を陥落させた方の発言とは思えませんわね」

「な、何を言い出すんだ、な、な、何を」


 蠱惑的な笑みを浮かべてアローシュを見つめるヘレナ。そして何故か頬を僅かに赤らめて慌てるアローシュ。そんな二人を俺は目を丸くして見つめる。


「俺は何を見せられているんだ……」


 そんな独り言を聞き逃すことなく、ポーラが食いつく。


「あのですね。ここにこーんなに可愛い可愛い妻がいるのに、なーんで浮気なんかするんですか?」

「つ、妻じゃないでしょ」

「一緒にお風呂に入った仲なのに!」

「「「「なっ!?」」」」


 ポーラの発言に周囲がざわめく。


「ダリル。今日は私が添い寝してあげよう。長旅の疲れを癒すアロマがあってだな」

「ダリルさま! 今宵は私の癒しの光でお身体をほぐして差し上げますわ!」

「あら~、娘だけなんてずるいわ~。私も一緒にお風呂にはいりた~い」

「ダメっ! ダリルは私のですっ!! ってか、お母さまにはお父さまがいるでしょうにっ!!!」

『待ちなさい! いつからあなたのものになったのよ、この色ボケエルフっ!』

「フィ、フィラエル様!? 何を言って……い、いや、ポーラ様まで!!」

「ああああ……巫女様が……巫女様のお嬢様が……」


 皆が皆好き勝手なことを言い出し、俺は何が何だか分からなくなってくる。

 だが、そんな俺の視界に映ったのは、食卓の隅で静かに食事を続けるレヴィンとガイロス、そしてアルクの姿。

 そんな彼らと視線が合い、俺が苦笑いを浮かべると、3人とも静かにフォークを置き、おもむろに手を挙げて拳を握る。

 不思議に思って様子を見守っていると、握られた拳から親指がぴょこんと跳ね上がり、ニカッと音が聞こえる程の笑顔を向けてきた。


―ガンバレ!


 そんな言葉が聞こえてきそうな仕草。


 こうして宴は賑やかなまま進み、その周囲をキラキラと輝く光の精霊たちが楽しそうに舞い回り、精霊大樹がサワサワと葉を揺らすのだった。

 

「モテ期が来たと思っていたのに! 思ってたのと全然違う!!!」


 小さく呟く。


『自業自得って言葉、知ってる?』


 不意に背後に現れ、そんな言葉を俺の耳元に投げかけてきたエリー。


「俺が一体何をしたぁ!!!!」


 俺の魂の叫びは、精霊大樹の枝の葉に向かって静かに消えた。

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