第55話 すっきり~

「むぅ……モヤモヤするわっ」


 突如北方から侵入してきた魔霊の集団を排除するため、精霊大樹の街から北へ向かい、精霊の森の北部外苑付近で予定通りに布陣を終えた俺たちは、森の外苑部付近に接近している魔霊の集団と対峙するため前進していた。

 森の北東部は帝国兵がメインで対応し、北西部は精霊正教国がメインで対応することになっている。

 で、北西部の部隊に俺は参加しているのだが、先ほどからポーラが頬を膨らませながら俺の方をジト目で見つめては、さっきからブツブツと何かを呟き続けている。


『あら? 随分と荒れてるわね』

「……別にいいでしょ?」

『ふふっ……まあいいわ。で、いつから妻になったのかしら? ホント、色ボケを通り越して妄想ボケよね』

「エリーちゃんにだけは言われたくないわっ! ってか色ボケって何!? 話には聞いてたけど、あなた性格変わりすぎじゃない!! そんなことよりも、ああっ……エルフじゃないからと安心していたのに……」


 腕を組み、豊かな胸を更に押し上げてポーラが頬を膨らませてそっぽ向くも、にやけたエリーがすぐ側で口角を吊り上げる。


『フフフ……別に色ボケは妻でも何でしょないでしょ?』

「将来の話よ」

『一度黄泉の世界に行ったらどう? 色ボケ』

「酷い言い草ね。そんな事を言ってると、成仏させちゃうわよ?」

『聖女ですら私には敵わないのに、司祭長風情が敵うとお思い?』

「はい、しゅーりょー」


 腰に手を当てながら挑発するエリーに、ポーラはこめかみを若干ひくつかせる。まさに一色触発の様相を呈していたのを見かねて俺が思わず間に入ると、少しばかり複雑な表情を浮かべるポーラ。


「ダリル……確かに聞いていたけど、エリーちゃんの性格変わりすぎじゃない?」

「それに関してはすまんとしか言えない。でも、聖銀ミスリルの剣を出せばこうなると、前もって言ったよね?」


 そう告げながら、手にした漆黒の剣に目を向ける。

 エリーとリティの魂の欠片良心が封じ込められた、元は蒼い剣たる聖銀ミスリルの剣。それを今は対屍鬼グール戦のために一本だけ出してもらっている。

 そんな見た目は聖銀ミスリルの剣に見えない、正直言えば禍々しいオーラを纏う剣を見つめながら、ため息交じりにポーラは頷く。


「はぁ……確かに聞いていたけど、想像以上よ。それに、本当にそれが聖銀ミスリルの剣なの? 私が知る限り、蒼く淡く光っているって聞いたのだけど……」

「まあ、そう思うよね? でも、これは紛れもなく聖銀ミスリルの剣だよ」


 そう言いながら改めて思う。まあ、1本だけだからこうだけど、2本共になると手が付けられなくなるからなぁ……。


「でも、1本だからこれで済んでるんだよ。間違っても2本出してもらったらこれがもうひど『何か言いたいのかしら?』…………く心強い味方になるんだっ」


 エリーが俺の隣にいきなり姿を現したかと思うと、じっと俺を見つめる視線を感じる。絶対にそっち見ないぞ!

 とはいえ、エリーは俺の耳元に囁くように呟いてくるものだから、何とも言えない冷たさを首筋に感じる。息を吹きかけられたわけでも無いのに不思議だ。

 そんな俺とエリーを見ていたポーラが、呆れたように首を小さく振った。


「大変ね」

「だろ?」

『……ふんっ』


 ぼそりと同意しつつ頷くと、眉根をひそめてエリーがそっぽ向いた。

 直後、微かな甲高い音と共に、北東部の森から眩い光が空へと走る。

 カチュアの唱えた、極大浄化魔法陣マーキライニルングの光だろう。


「始まったようですね」


 白銀の鎧を身に纏う精霊正教国の隊長らしき兵士が駆け寄りながらポーラに告げると、今までの膨れた嫉妬心を抑え込んでか、少し憮然としながらも小さく頷いた。


「ええ。準備はよろしいですね?」

「いつでも」


 その兵士が応じると、前方に控えていた全ての兵士たちも一斉に正面を向き、身構えた。


『フフッ……嫉妬に狂って、あまりハメを外さないことね』

「それはエリーちゃんもね」


 ふっと笑みを浮かべて正面を見据えると、正面に森の外苑へと侵入してきた魔霊の姿が見え始める。

 単体でちらほらと見えたその姿が、次第に群れを為してこちらに迫ってくる様子が見て取れる。

 話には聞いていたが、定期的にこんな大群を相手にしているのかと思うと、この国の人々はとてつもなく勇猛なんだと改めて思う。

 教皇ティリエスや大樹の巫女フィラエル、そして司祭長のポーラのような人物ばかり見てきた俺にとって、その感想は非常に新鮮であったが、それと同時に目の前に迫る魔霊の群れに少しばかり緊張する。


 すると、ポーラはゆっくりとした動作で魔霊の方へと静かに歩き始めると、流れるような動きで片手を群れへと向け、そして静かに告げた。


風刃乱舞シュトゥレスィウィンディラス


 無数の風の刃が魔霊に襲い掛かる。

 鎧やボロ服を纏うような魔霊には若干のダメージを与えているようだが、全体の群れには大したダメージが無いように見える。

 だが、無数の風の刃によって僅かに怯んだ魔霊によって、群れの至る所で穴が開くと、その隙を見逃さずにポーラは走り抜ける。

 盾を持つ兵士たちの間をするりと走り抜けると、両手を前に突き出し、凛とした声を上げた。


「あなた達に恨みはないけれど……」


 一呼吸置き、両手を大きく広げて魔霊に対峙すると、いきなりその場で急停止し、反動を利用して両手を正面へと向けた。


「私、手加減できそうにありません! 鬱憤晴らしに付き合ってもらうわ!」


 ポーラの発言を受け、俺の目の前にいた隊長らしき人物に声をかける。


「ねえ、あんな事言ってるけど」

「……言ってますねぇ」

「いいの?」

「巫女様のお嬢様ですから」


 なるほど。これが普通なんだね。


『アハハ! 荒れてるわねぇ』

「エリーも挑発しないの」

『おっぱい魔人はお黙り。だって本当のことだもの』

「酷い言い草だなぁ、おい」


 エリーの物言いにため息をつくと、当のポーラはさほど大きくないのだが、俺のところ前聞こえる程の声量で唱えた。


光破滅却リヒタシュロヌーク!」


 瞬間的な光の奔流がポーラを包み、指先から幾筋もの光の奔流が迸る。

 幾筋もの光が魔霊の群れへと駆け抜け、光に貫かれた魔霊が瞬く間に粒子となって消え去っていく。

 その光景は正に無数の星が大地に現れたかのように美しく、しかも立て続けに詠唱を行っている為に攻撃の手が留まることは無かった。

 ポーラが両腕を縦横無尽に振り回す度、至る所で光の粒子が爆散するかのように弾け飛ぶ。

 そんな様子を見ていた精霊正教国の兵士たちは、半ば唖然としながらも幾分か頬を紅潮させているように見えた。

 流石、精霊大樹の巫女の娘と言ったところか。


「はぁ……何気に凄いんだな、ポーラって」

『飾りじゃないのよ肩書は、ってことかしら、ふんっ』


 面白くなさそうにそう呟くエリーだったが、俺の方に視線を向けると、目を細めながら静かに言う。


『色ボケだけに見せ場を持っていかれるのは癪だから、少しばかり行って来るわ』

「悪霊が出てから行くんじゃないのか?」


 俺が疑問に思って尋ねると、エリーは僅かにニヤリと笑みを浮かべ、唇の前に人差し指を立てた。


『独り身はお黙り。さっきからおっぱいばかり見てるのは知ってるのよ?』

「あのね、そんなに見てないぞ」

『嘘おっしゃい。好きなくせに』

「そりゃそうですが?」

『ふん……私の胸を見てればいいのよ。それに、このままというのも癪だわ。漆黒の魔女シュヴァルツェクセなんて大層な二つ名を貰ったのだし、少しばかり牽制しますか』


 そう言いながら笑みを浮かべて呟いたかと思うと、ふっとその場から姿を消した。


 魔霊の群れが精霊正教国の兵士たちが構える場所まで全くたどり着けずにいる中、ポーラが余裕の表情のまま光の浄化魔法を唱え続けていると、不意に彼女のすぐ側に漆黒のオーラが現れて目を見開くが、すぐさま中から見知った女性が姿を現したことで憮然とした表情を浮かべる。


「……何の用? エリーちゃん」

漆黒の魔女シュヴァルツェクセとして見せてあげる。色ボケだけにいい恰好させないわ』

「あら、それはそれは光栄だわ……光破滅却リヒタシュロヌーク


 ポーラを囲むように現れた魔霊の群れに、両手を左右に広げて浄化魔法を唱えると、瞬く間に光が集約して弾け散る。


『ふん。ただの色ボケ金髪魔人という訳でもなさそうね。じゃあ、これはどうかしら? 闇茨結界ドルンシャドル


 エリーが片手を魔霊の群れに向けて静かに唱えると、地面から勢いよく現れた漆黒の茨によって夥しい数の魔霊が拘束される。


「あらぁ……凄まじい魔力だこと」

『フフッ……色ボケにはこいつら全てを屠るのは無理よねぇ?』

「相手が闇属性だから倒しきれないのね? そうならそうと言えばいいのに。正直に私に手伝って欲しいと言えないなんて、可哀相な子ねー」

『はぁ……弱い者ほど良く吠えると言うけど、その通りね』

 

 そんなエリーの小さな嫌味など意に介さず、ポーラはクスリと笑う。


「ならば見せてあげるわ…………セフュロス!」

『はい』


 ポーラに呼び出されたのは彼女の守護精霊。

 浅葱色のローブを身に纏い、長い髪を揺らめかせながら、美しい主の真後ろに優雅に現れる。


「見せてあげましょう。私たちの協奏曲コンチェルトを」

『ええ。わかりました』


 美しき金髪のエルフと風の守護精霊が共に両腕を広げて目を閉じる。

 柔らかな風が彼女たちの周囲に舞い上がり、その流れが闇のオーラに拘束される魔霊たちへと緩やかに広がっていった。


「其は風の守護者。其は聖なる慈悲の心。風よ流れ、慈しみにて魂を癒せ……聖なる風の調べウンタズィソンハイリングゥィンダス

 

 目を見開き、エメラルドグリーンの瞳が魔霊の集団を見据え、詩歌を紡ぐかのような言葉に従い、ポーラの掌から無数の光の粒子が舞い上がり、背後に控えるセフュロスが呼び寄せ、自身を包み込むように纏わせた大きな風の流れへと光が吸い込まれて言った瞬間、一気に風と光の奔流が瞬く間に魔霊の群れを覆いつくした。

 その光景は、キラキラと輝く大海の大波の様に思えるほど大きく、そして慈悲のある柔らかで温かな光の渦に思えた。


「さあ、静かに還りなさい。魂の送還リパティリホン


 ポーラが差し出した両腕を静かに振り下ろした瞬間、それはあっという間に起きた。


 目の前で拘束されていた夥しい魔霊の集団が、風に乗った光の奔流に包み込まれたまま、急激に動きを止めてその身を光の粒子へと変えてしまった。

 至る所で発生する光が爆ぜる光景。

 一見すれば物凄く幻想的で美しくも思える光景に、俺もエリーも、そして兵士たちも皆静かに魅入る。


 数瞬の時を経て、柔らかな風がふわりと大気へと溶け込むようにして光の粒子が消え去ると、目の前に存在していた夥しい魔霊の群れはその場から消え失せ、静かに流れる優しい風が、木々に生い茂る葉を緩やかに震わせる音だけが辺りに響き渡る。


 ポーラのすぐ側にいたエリーでさえ、しばし呆然としたかのようにその場に佇み、そして僅かに驚きの表情を浮かべている様だ。

 まあ、正直言って俺も驚いたけどね!

 あれだけの魔霊の群れを拘束したエリーも流石だと思うが、それを瞬く間に浄化してしまったポーラもまたとんでもない人だ。


 そんな俺たちの様子を見るでもなく、辺りを見渡し、軽く背を伸ばすと、ポーラは後ろを振り向き、柔らかな表情を浮かべるセフュロスに微笑みを向ける。


「ありがとう。セフュロス」

『いいえ。お安い御用です』


 互いに笑みを向け合い、再度正面を見据えて両腕を腰に当てるポーラ。


「ふぅ…………すっきり~!」


 そして満足した様に、笑顔で大きく頷いたのだった。

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