第45話 神様ありがとう!

――ガタン。


 不意に起こる振動に、俺は目が覚める。

 結構激しい音がしたのだが、何故かさほど衝撃を感じない。


 頬に伝わる柔らかな感覚。


 あれ?


 疑問に思い、顔を動かすと、目の前に真っ白の法衣が盛り上がった光景が目に飛び込む。


「は?」


 思わず声を上げると、金色のサラサラとした髪が頬へと零れ落ち、盛り上がった山から美しいエメラルドグリーンの瞳が俺を見据えた。


 ポーラだった。


「あら? お目覚めですか?」

「え? あれ?」

「随分ぐっすりと眠られていたので、こうした方が良いと思って」


 柔らかく微笑みながら尋ねられ、俺は何事かと頭を巡らす。


 まさか……これは!


 モテない男の憧れであり夢! 


 そう、まさにこれはかの有名な奥義“ひざまくら”!


 ありがとう神様! これでもう思い残すことはないです!!


「俺、死んだのか?」

『なに馬鹿な事を言ってるのよ』

「あれ? エリー?」


 そうだ。こんな状況、エリーが邪魔をするに決まっている!


 だが…………あれ? 何もしないのか?


 エリーは俺の視線の先で、腕を組みながらポーラの背後で頬を膨らませているだけだ。


「あれ?」

「ふふっ。エリーちゃんは私が説得しましたから、安心してくださいね」

「どういう事?」

「馬車に乗ってしばらくしたら、急に倒れ込むように眠ってしまうんですもの。驚きましたわ」

「え? そうなの?」

「ええ。あのまま硬い床で眠るのは可愛そうに思ったので、こうした次第ですわ」

「ああ、そうだったんだ。ありがとうポーラ」

「ふふっ。それだけ、昨日は楽しまれたんですよね?」

「え? 昨日? ……ああ、確かに楽しかったなぁ」


 ガイロスにアルク、そしてポーラ達と一緒に、昨日の夜は屋台で沢山飲んで食べて、楽しかったのを思い出す。


 何故かエリーも笑っていたっけ……。


 ああ、思い出した。嬉しくて、ついつい飲みすぎたんだな……こりゃ失敗したな。


「すまない……いや、ありがとう」

「どういたしまして。でも、折角ですから、まだこのままで大丈夫ですよ?」

『巡礼者もいるのに何を言ってるのよ。あなた、一応は教会司祭長なんだから、いつまでもそんな真似して良い訳ないでしょうに』

「まあ、そうかしら?」


 窘めるエリーに、ポーラがふと対面に座る者に視線を向けると、俺もつられて視線を向ける。


 そこには、以前野盗から助けた二人の姉妹の姿があった。


 リルは少し複雑な表情を浮かべ、クレナは呆れたように俺を見つめている。


 すると、リルが胸の前に手を組みながら、おずおずと身を乗り出してくる。


「あの……ポーラ様」

「何でしょう?」

「ずっとその体勢ではお辛いでしょうから、私が変わりましょうか?」


 なぬ!

 まさかのおかわりですかっ!!


「あら、大丈夫よ?」


 にべもなく断るポーラ。

 俺は思わず絶望一歩手前の表情を浮かべる。


「あ、はい。ごめんなさい。出過ぎた真似を……」

「あら、そんなことないわ。気を遣ってくださって感謝しますよ?」

「い、いいえ、そんな。はい。ありがとうございます……」

「ふふっ。今回、あなた方二人は、精霊の加護を受ける儀式に参加する身。少しでも精神を落ち着かせ、精霊との親和性を高める必要があるのだから、むしろ今のうちに心を落ち着かせるといいわ」


 そう言うポーラに、リルは首を小さく振った。


「は、はい。す、すみません。ありがとうございます」


 何だか物寂しそうな表情を浮かべながら座り直すリル。

 その拍子に揺れる大きな果実を、俺は見逃さない。


「ダリル」


 急に俺の頬に手を当て、半ば強引に上を向かせられる。


「は、はい?」

「巡礼者に手を出したら……」

「しません」

「よろしい」


 ニコリと笑う美しきエルフに、俺は若干口元をひくつかせて小さく頷き返す。

 だって怖いんだもん。頷くしかないでしょ……。


『はぁ……ダリルが眠っているから了承したのであって、起きたのならそれをする必要ないじゃない』

「まあ、本人が希望しているんですから、良いじゃないですか」

『甘やかすのは良くないわ』

「あら、嫉妬してるの?」

『……誰がっ』

「ふふっ」


 そんなやり取りをしている最中、御者台の方から壮年の男が顔を出してくる。


「ポーラ様、今のところ問題なく進んでいます。この調子で進めば、夕暮れ前には森の外苑に到着します」

「わかりました、ガイロス。この度は急な無理難題を押し付けてしまい、申し訳ないです。ですがとても助かります。ありがとうございます」

「い、いいえ。大丈夫です。はい」


 そう言いながら頭を掻く壮年の神殿騎士ガイロス。


 そんな姿を見ながら、美人エルフの膝枕という極上のご褒美を後頭部で堪能しつつ、今までの経緯をぼんやりと思い起こす。





 教皇ティリエスの指示により、俺たちは精霊正教国へ向かう事となった。


 ポーラは、ノルドラント教区ノード司教に事の顛末を報告し、その際に俺に着き従って支援するよう指示されたそうだ。その際に、見習い神官のアルクもまた俺を支援するよう指示されたようで、再び行動を共にすることになった。

 ちなみに、今乗っている馬車も前に使用していた物を利用させてもらっている。これは馬がエリーの魔力に慣れているから、というのが一番の理由だそうだ。


 今まではポーラとアルクの3人で行動していたが、今回は少しだけ異なっている。


 護衛として神殿騎士のガイロスが同行し、更に神官になる素養を見出された先の野盗から救出された巡礼者の姉妹2人も一緒に行動することになったのだ。


 ガイロスについては、単に俺が男一人で寂しくないようにと、教皇が配慮した様だ。だが、当の本人が知ったのはまさに昨夜だったようで、しかも教皇自ら命令を受けた事で物凄く恐縮していた。


 リルとクレナは、野盗から救出された巡礼者だが、保護された際に巡礼保護官が健康観察をした際に、神官として求められる光の精霊の加護を受ける素養を持っている事が判明。その流れで、今回丁度俺たちが精霊正教国へ向かうという状況を利用して、一緒に同行することになったのだ。


 そして、今までは悪霊として恐れられていたエリーだったが、教皇の配慮によって今では漆黒の魔女シュヴァルツェクセとして呼ばれるようになり、普段から姿を現すことが出来るようになり、今でも俺の傍に寄り添うようにしてポーラを牽制している。

 

 フランティア聖王国までは2人しか乗っていなかった馬車が、今では4人が乗車し、護衛のガイロスは御者台に乗っているので、総勢6名で精霊正教国へ向けて進んでいるという訳だ。





 出発して既に半日が経過し、聖王国とベルガモート帝国の国境を守る砦は既に通過しており、もうしばらく進めば精霊正教国の入り口とも言われる精霊の森の外苑に到着するようだ。


 まあ、俺は国境を越えた時には爆睡していたようで、全く気がつかなかったけどね。ハッハッハ。


『いつまでそうしているのです?』

「もう少しだけ……」

「ふふっ。甘えん坊さんですね」


――むにゅ……。


 目の前が大きなふくらみによって覆い隠され、何ともいえない柔らかな感触が顔全体に伝わる。


『なっ……!』


 エリーが不機嫌そうな声を上げ、俺のすぐ側にぱっと近づくと、出し始めるが、俺がそう呟くとポーラが背を若干屈めるようにしてエリーと向き合う。


『離れなさい』

「なぜです? もう少しこうしていたいと言っていたばかりですよ?」


――むにゅん


 ポーラがエリーと話す度に、大きな双子山が俺の顔を柔らかく刺激し、くぐもった声と共に爽やかな柑橘類の様な甘い香りが漂う。


 こ、これは……たまらん。


『ダリル。もう起きましょうか』

「ちょっと、エリーちゃんっ」


――ふにゅふにゅん


 エリーがポーラを引きはがそうとするが、それに反発した勢いで物凄い衝撃が顔に広がって……。


「むぅぅぅぅ!!!!」

「「あ……」」

『あ……』


 息が出来なくなっていた。


「あ、あら、ごめんなさい」


 ようやく離れたポーラだったが、感触が……ちと寂しい。


「し、死ぬかと思った」


 間違いなく昇天するところでした。うん。


 そんな様子をジト目で見つめるエリーとクレナ。

 ポーラは明後日の方を向き、心配そうな表情をするのはリルだけ……。

 何だかなぁ。


 これ以上は流石に雰囲気を壊しかねないので、俺は静かに起き上がった。


「ありがとうポーラ。ごちそうさまでした」

「ぷっ。いいえ、どういたしまして」


 俺の言葉に思わず笑うポーラだったが、エリーは少し憮然とした表情を見せている。

 きちんと座り直し、腕を組む。


 格好つかないけど、この際はいい。


「と、ところで、もうすぐ森の外苑なんだよね?」

「ええ。今日は森に入り、しばらく進んだ場所で野営します。明日には精霊正教国へ入国できるでしょう」

「え? そんなに近いの?」


 ノルドラント王国からフランティア聖王国までは4日程かかった。

 にもかかわらず、フランティア聖王国から精霊正教国へは2日で着くということになるから正直驚いた。


「近いというのは、少し違いますね」

「ん? どういうこと?」

「あ、そうでした。ダリルは精霊正教国は初めて行くのですよね?」

「うん。初めてだ」

「じゃあ、きっと驚くと思います。私が近いと言った理由、実際に体験してみればわかりますから」

「おー。それは楽しみだ」


 笑顔でそんな事を言ってくるポーラ。

 そんな顔を見ていたら、何があるのか楽しみになってきた。


『そうそう。ダリル』


 不意に俺の耳元にエリーが口を寄せる。


「ん? どしたい?」

『今度、眠くなったら教えてね?』

「な、何で?」

『私がやってあげるわ』


 思わず驚き、エリーを見る。

 そんな事を言う彼女の顔は、何故かポーラに視線を向けていた。


「出来るの?」

『添い寝したもの、出来るわよ』

「そ、添い寝ですって!?」


 急にポーラが反応し、身体を寄せてくる。


「エリーちゃん。それは聞き捨てなりませんね」

『何でよ』

「今度は私が……」

『寝言は寝てから言いなさい』

「じ、じゃあ、私が……」


 小さい声だが、はっきりとそう告げたのは、横で話を聞いていたリルだった。

 なぜか小さく手も挙げている。


『「は?」』


 勢いよく顔をリルに向けてハモる二人。


「命の恩人に、恩返しをしたいだけなんですけど……」

『ダメよ』

「ダメです」

「何を言ってるのよお姉ちゃん!」


 3人からのダメ出しを受け、しゅんとするリル。

 そんな様子を見てポーラが腕を組む。


「ダリル」

「お、おう」

「魔力を絞りなさい」

「なぬ?」


 どうやるのよ、それ。


「いいから、早くしてっ!」

『この件については私も同意するわ』

「あの、そのままでも良いと思うのですけど……」

「お、お姉ちゃん、私たちは関わらない方がいいってば……」


 何故か女性陣がわいわい話し始める。


 ふと視線を感じて御者台の方に視線を向けると、ガイロスが苦笑いを浮かべている姿が目に映った。


 声を出さずに口パクだけで助けを求めたが……、ガイロスは苦笑いを浮かべたまま正面に向き直った。


 年齢=彼女いない歴の俺に、この状況を打破する事なんか出来る筈がない。

 

 嬉しいですよ? うん。間違いなく嬉しい。

 でもね、気持ち的には何だか複雑なんですよ。


 ため息交じりに外に視線を向ける。

 だが、そんな俺の考えなど一切気にすることなく、馬車は前へ前へと進んでいった。

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