第23話 どきなさいっ!!

 宿に帰ってきた俺たちは、食堂で軽く食事を済ませると、明日も早いためか、アルクは早々に部屋へと戻り、俺たちも準備もあるため部屋に戻ることに。


 部屋に戻って上着を脱ぎ、テーブルの上にバサッと脱ぎ捨てる。

 今日一日だけで思わぬハプニングも起こったが、とにかく無事に過ごせてよかったと安堵していると、何処からともなく現れたエリーが、いつものように魔力操作で上着を畳み始めた。


『……クローゼットに仕舞えばよろしいのに』

「あー……それは癖だなぁ」

『……言われてみれば、私も癖になってるわね』


 ブツブツ何事かを呟きながら、相変わらず器用な魔力操作で服を畳むエリー。

 そんな様子を見ながらベッドサイドに腰を掛けると、唖然として見ていたポーラが小さく呟く。


「……夫婦みたい」

「え?」

「何でもありません」


 そう言って、彼女は何食わぬ顔して俺の傍に歩み寄る。


「ねえダリル」


 俺の隣に座るポーラ。

 座った際に髪が揺れ、そこから何とも言えない花の様な甘く良い香りが漂う。


「な、なんでしょ?」

「私って魅力ない?」

『無いわね』

「……エリーちゃんには聞いてません」


 ジト目で見つめてくるエリーをよそに、ポーラは小さく笑う。

 俺は視線を逸らし、天上の染みを数えてみる。

 ……ってか染みが無いし。


「……まんざらでもなさそうね」


 目を細め、静かに立ち上がるポーラ。そんな彼女を目で追いかける俺に気がついたのか、俺の方を向いて小さく「ふふっ」と笑う。


「明日の準備もあるので、ちょっとアルクの所に行ってきますね」


 そう言い、隣のベッドに予め用意していた小さな袋を持って、部屋から出ていくポーラ。


『……侮れないわね』


 何がさ。

 まあいいか。


「なあエリー」

『なぁに?』


 俺の問いかけに、エリーは魔力操作を止めて俺の方へと目を向ける。

 アイスブルーサファイアの瞳は、いつ見ても吸い込まれそうなくらいに綺麗だ。


「俺って、そんなに不細工か?」


 俺の質問を受け、エリーが俺をまじまじと見つめて吹き出す。


『いきなり何よ』

「え? いや、結構真剣に悩んでいるんだけどなぁ……」


 不細工とは思っていなかったけど、ああまで言われてはやっぱり気になるのが男のさがでしょ。

 素直に聞いてみた俺が馬鹿だったかなぁ……。

 だが、そんな様子を察したのか、急に笑うのを止め、俺の傍にふわりと座る。


『……バカね。見えること全てが真実ではないわ』

「つまり、不細工だってことか」


 悲しい。

 がっくりとうな垂れよう。

 そんな俺に、エリーは静かに告げる。


『あまり言いたくなかったけど…………ポーラは、あなたを不細工だなんて思ってないよ?』


 なぬ?


「何だって?」

『もうオシマイ』

「どして?」

『……私はそこまでお人好しじゃないの』

「なんじゃそりゃ」


 少し拗ねるような表情を浮かべて俺の傍から離れるエリー。

 そんな様子を一瞥して、俺はベッドの上でゴロゴロする。


 しばらくだらだらとした時間を過ごしていると、ポーラが戻ってきた。


「戻りましたよー」


 笑顔で戻ってきたポーラ。よく見ると、それなりに膨らんだ袋を両手で抱えていた。


「それ、どうしたの?」

「これですか? これ、この宿の近所で販売しているクッキーです」

「そんなに大量に買ったの?」


 するとポーラが笑顔で頷く。


「ええ! 明日も馬車の中でいろいろとお話をするでしょうから、クッキーでもつまみながらの方が楽しいかなぁと思って」


 屈託のない笑顔の、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 すると、ポーラがぽんっと手を叩く。


「そうでした! ここの宿、とっても広いお風呂があるんです。一緒に浸かりに行きませんか?」

『……混浴ダメよ?』


 エリーがすかさず間に入る。


「こ、混浴じゃないですよ。ここの宿はあくまでも広い浴室があるだけですから」


 ポーラが慌てて弁明する。

 だが、エリーはポーラの傍へとにじり寄り、じっとポーラの目を見据える。

 するとなぜか視線を逸らすポーラ。


『……はい却下!』

「ほ、本当ですってばっ!」

『あやしいわねぇ……』

「あ、あやしくないですよ?」

『ふーん……なら私はポーラについて行くわ』


 しゅんと肩を落とすポーラ。

 うーん。俺にとっては物凄く嬉しい景色を拝められたんだろうな……。

 まあ、何はともあれ、俺たちは風呂場へと行くことになった。





 宿の1階の隅にある風呂場は、大勢の宿泊客で賑わっていた。

 なんでも、この宿にある風呂場は、巡礼者の疲れを癒すためにとフランティア聖王国がお湯の出る魔道具を提供しているそうで、その広さもかなりの大きさがあった。

 この国ではお風呂は一般的である。

 基本はそれぞれの街には大衆浴場があり、人々はそこで毎日の汚れを落とすのが常であった。

 生まれ故郷とは異なる生活環境に戸惑いもしたが、今ではすっかりお風呂の虜になっている俺にとって、宿に風呂場があるのはかなり嬉しい事でもあった。


 男湯と女湯に別れ、俺は二人と別行動をとる。

 女湯の方をちらと見てみるが、視線の先にエリーの微笑む顔を見つけてすぐさま男湯へと入って行く。

 

 浴室内は広々としており、湯船は広く、大人20人近くが入ってもまだスペースがある程だ。

 俺はかけ湯で身体の汚れを落とすと、ゆっくりと湯船に浸かる。


「はぁ……いいねぇー……」


 おっさんだな。これは。

 ま、もうすぐ30だし、いいよね。

 …………ヨクナイ。

 複雑な思いを胸に、のんびりと足を延ばしてお湯の温もりを身体全体で感じていた時、ふと壁際に扉がついているのが見えた。

 その扉から数名の巡礼者が出入りしていたのを見るに興味がそそられる。


「お? 何かあるのか?」


 湯船から上がってその扉へと向かう。

 何気なしに扉を開けると、そこには壁だけが張り巡らされ、中央に大きな池の様な岩で囲まれた湯船が用意されていた。


「おー。外で風呂に浸かれるとは、すごいな、この宿」


 俺は何も考えずに外の湯船へと身体を預ける。


「うはー。これはいい」


 縁に背中を預け、顔を見上げて空を見る。

 既に空は暗く染まり、キラキラと星々が輝いているのが見える。

 外で堂々と裸になり、自然の中に溶け込むような感覚を覚えて思わず顔がにやけてしまう。

 ポーラが薦めてきた理由も納得だな、これは。


「疲れが癒されるー。いいなー、これ」

「ですよね? だからお誘いしたんですよ?」


 ん? 聞き慣れた声がする。

 不思議に思って横を向くと、そこにはバスタオルで身体を巻き、笑顔で湯船に浸かろうと佇む美しきポーラの姿があった。


「そうだったのかぁ……って、ん? ……はあっ!?」

「外のお風呂場は、繋がってるんですよ」


 そう言って、俺の傍に腰を掛けようと近づく。


『あまーい!』


 俺の目の前に漆黒のオーラが巻き上がる。

 何っ! 邪魔だ! どきなさいっ!!


「エリーちゃん。あくまでも湯治よ?」

『ならば視界は暗くて問題ないはず。そうよね?』


 エリーが突如として俺とポーラの間に割って入るように現れる。

 ぬぐぁあ! 見えん!! 今なら、俺の眼から血の涙を流せるぞ!?


「いや、出来れば視界良好が良いかな……」

『そう。あれ? おかしいわ……急激に闇の感情が発露しそう……』

「さあ今日はもう上がろう! いやぁ、いいお湯でした!!」


 そう言って、俺はそそくさと湯船を上がって、浴室から出るのだった。





「エリーちゃん」

『何よ』


 ダリルが去った浴槽では、美しきエルフの巫女が腕を組んでエリーと向き合う。


「嫉妬深いわね」

『嫉妬じゃないわ。健全な育成のための必要措置よ』

「健全な育成? ……ダリルは29歳よ?」

『だから?』


 素っ気ない返答に、思わず苦笑いを浮かべるポーラ。


「その答えを知らないエリーちゃんではないでしょ? まったく……」

『……もう出た方がよろしいのでは? ポーラ』


 しらっと告げるエリーに、ポーラは呆れた表情を浮かべる。


「そうするわ。でも……」


 ニヤリと笑みを浮かべる。


「諦めないわよ?」

『ふん。あなたには不釣り合いよ、色ボケエルフ』

「ふふっ。私に魅力がある、そう受け取っておくわ、エリーちゃん」


 顔を見合わせる二人。

 だが、外風呂にやって来た他の巡礼者や宿泊客にとって、一人で虚空を見つめて何かに話しかける見目麗しいエルフのバスタオル姿は、湯治よりも目が癒された事は言うまでもない。





 朝。


『おはよう』

「おはよう。ダリル」


 目を開くと、二人の美女から声を掛けられるという何とも言えない状況。

 結局、風呂から上がって部屋に戻った俺は、血の涙を流す前にベッドへと飛び込み、そのまま眠ったのだ。


「……おはよう」


 俺は起き上がり、テーブルの上にきちんと並べられた俺の服に着替える。

 まあ、俺にとってはいつもの日常と変わりないのだが、今では絶世の美女たるエリーと、負けず劣らぬエルフの美人司祭長たるポーラがいるのだ。

 恐らく、俺はこの世で最も贅沢な奴なんだと思う。

 だが、当のポーラは目を丸くして小さく呟いた。


「もうね、この光景は司教様も驚くと思うわ」


 ポーラは口をぽかんと開いたまま一人感心している。

 そんな彼女は既に旅支度を整えているため、俺の着替えを手伝ってくれた。


「ふふっ……なんだか新婚さんみたい」


 俺のシャツを整えながらそう呟く。

 ふわりと揺れる金髪から零れる花の様な良い香り。

 あー、良い匂いだぁ……。


『かわいそうに……妄言を吐くようになるなんて……』

 

 えらい言い様だな。

 とはいえ、そんな事を言われたポーラは少しばかり目を細める。


「いいじゃないですか。教会ではこんな気分になどなれないのですから」


 ポーラが着付けて整えたシャツをぽんと叩く。


「はい、完了です。では行きましょう」


 俺は頷き、ポーラと共に部屋を出た。





 宿の食堂で軽く朝食を摂り、荷物を整理して馬車に向かうと、既にアルクが準備をして待っていた。

 俺はポーラの荷物を荷台に乗せ、そのまま乗り込む。

 しばらくすると、清算を済ませたポーラが宿から出てきた。きょろきょろ辺りを見渡し、俺と目が合うと微笑みを浮かべて馬車の方へと歩み寄ってくる。


「清算が終わりましたから、出発しましょうか」


 そういって屈託のない笑顔を見せる。


「そうだね。じゃあ、行こう」


 俺がポーラへと手を差し出すと、少しはにかみ、やがて手を握って荷台へと乗る。


「ふふっ。ありがとう」

「どういたしまして」


 むすっとしたエリーをよそに、御者台の方を向いて既に座って待機していたアルクに声をかける。

 そして、俺の向かいにポーラが座った。


「じゃあ出して頂戴」

「はい、ポーラ様」


 ゆっくりと馬車が動き始めると、エリーがにやけた表情でポーラを見つめる。

 そんなエリーの視線に一切動じず、ポーラは微笑みを浮かべる。


『あら? 今日は隣に座らないの?』

「今日はエリーちゃんに譲ってあげるわ」

『……それはそれで、なんか癪に障るわね』


 相変わらず仲のよろしいことで。

 俺はそう思いながらも、二人のやり取りを見ながら苦笑いをするのだった。

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