第22話 散策は危険がいっぱい

 部屋を見渡すと、ベッドが二つにクローゼットが二つ。そしてテーブルに椅子が2脚置いてある結構広めの部屋だった。

 しばらく部屋の中を見回っていると、荷物が入った大きめの鞄を持ってやって来たので、ポーラがお礼を言ってそれを受け取り、部屋の中へと運び込む。

 彼女は少しばかり笑顔を浮かべながら、鞄の中身を確認するためにテーブルの上でゴソゴソとし始める。

 俺は奥の壁に見える窓へと歩み寄り、木枠の窓を開け、そこから街の様子を見てみようを顔を出す。

 陽は暮れかけ、辺りには家路を急ぐ人々や、露店で買い物をする人々の姿が見える。

 更に視線を街の端の方へ向けると、小さな小高い丘が見え、そこに数本の大樹が悠然とした姿を見せており、目を凝らすとその根元に結構な人が集まっているのが見えた。


「面白そうだな。あの大樹の傍、行ってみようか」


 俺は思わずそう呟くと、嬉しそうにポーラが返事する。


「それはいい考えですわ。あの丘の大樹に願いを捧げると、純粋な想いは叶うといわれているんです」

「へー。そうなんだ」

「ええ。ちなみにあの木は『巡礼の木』と呼ばれていて、ルストファレン教会総本山を目指す巡礼者たちがこの街で宿泊した際に、あの木の根元にある魔除けの石に旅の無事を祈るのです。でも、最近では『願いを叶えてくれる幸運の木』、だなんて呼ばれてしまってますけど」


 ポーラが嬉しそうに説明する。

 いつの間にか俺の傍に寄り添うようにして現れたエリーが、視線の先にある小高い丘の木を見つめる。


「行ってみようか」

『そうね』


 俺たちのやり取りを聞いていたポーラが嬉しそうに応じる。


「では、アルクにも声をかけて行きましょう!」


 ルンルン気分のポーラはそう言うと、いきなり皮鎧を脱ぎだし、服にまで手を掛ける。

 準備をしようと後ろを振り返った俺は、そんなポーラの行動に思わず目を見開く。たわわに実った豊かな双丘を薄いシャツ1枚で覆い隠すだけという、何とも素敵な光景。

 だが、すぐさまエリーの黒髪が正面に現れて視界を遮られてしまう。

 邪魔だぞ、エリー! 半透明だからといっても、見えずらいんじゃ!!


『コラ、色ボケ! 脱ぐなら場所を考えなさいよ!!』

「え? …………あら? アハハ、ごめんなさいねぇ」


 エリーに指摘され、ポーラは部屋の隅に置かれた衝立の向こう側へと移動していく。

 そんな様子を見つめ、腰に手を当ててエリーが呟く。


『……油断も隙もない。全く』


 いや、エリー。いまのは邪魔しただけだぞ?

 折角の生お着替えを拝めないとは……くぅ……。


『……呪うわよ?』

「……不可抗力って言葉知ってる?」

『視線がいやらしさ全開なのに?』

「ヘイ……」


 ジト目で睨まれ、俺はしばしシュンとする。

 とはいえ、このままではいけないと俺はため息をつき、しばし窓の外へと視線を戻したのだった。


 ポーラが着替えた後で俺も着替えると、アルクが待つ1階ロビーへと向かう。

 階段を下りながら1階に視線を向けると、既にアルクが備え付けの椅子に座って待っていた。


「ポーラ様、ダリル様」

「お待たせしました。アルク、ご飯の前に巡礼の木を見に行きましょう」

「はい!」

「では、行きましょう」


 笑顔のポーラに案内され、俺たちは宿を出た。





 巡礼の木。

 ここトルレの街にある小高い丘に、4本の大樹が微かな風を受けながら葉を揺らして静かに立っている。

 見上げると、木々を覆う沢山の葉の隙間から覗く夕陽の赤い光が目に留まる。

 うん。こういう景色もなかなかいいね。


 アルクは大樹の傍にある屋台を珍しそうに眺め、ポーラは大樹の傍に安置されている子供の大きさくらいの青白い石、『魔除けの石』の前で祈りを捧げている。

 頭を下げ、豪奢な金髪が微風に触れて微かにたなびく姿はまさに女神のようだ。

 うーん……さすが司祭長。様になってますねぇ。


『……私も祈ろうかしら』

「認識阻害を忘れずに」

『もちろんよ。ダリルが恋人獲得活動をしない限り、私は静かに見守るだけよ?』

「ここでするわけないでしょ? みんな聖地を目指す真面目な人々なんだから」


 周囲を見渡すと、白いローブ姿の人々が景色を眺めたり、魔除けの石に祈りを捧げたりと皆思い思いに行動している。

 よく見ると、スタイル抜群の女性もちらほら見える。

 まあ、ベテラン巡礼者の方が圧倒的に多いから、そういった人は直ぐに目立つ。


 そんな中、俺の目の前を通り過ぎようとした2人組の女性巡礼者の一人が、急に木の根に足を取られ、つまずいて転びそうになる。


「おっと」


 俺の目の前だったから、慌てて手を差し出し、その女性を受け止める。

 手に伝わる柔らかい感触。

 あ……これ……大きい……ね。


「きゃっ」


 小さく悲鳴を上げ、俺の傍から胸を押さえつつ慌てて離れる。

 よく見ると、うっすらとそばかすが見える頬を赤く染め、俺に恥ずかしそうな視線を送ってきた。

 こ、ここは言い訳せねば……!


「あ、ありがとうございましたっ!」


 やべ、本音がでた。

 俺が思わずそう告げると、目の前の女性が口をぽかんと開け、長い茶色の髪を後ろで一つに纏め上げた髪を小さく揺らしながら笑顔を見せる。


「……ふふっ。お礼を言うのは私の方なのに。ありがとうございました、旅の方」

「あ、いえいえ。いいえー」


 すると、傍にいたもう一人の女性が俺たちの間に割って入る。


「こら。聖職者たる姉の胸を無断で触ったんだから、慰謝料よこしなさい」


 慰謝料? え? ここってばそんな店?


「……お店の方ですか?」

「何を言ってるの。『ありがとう』なんて言うくらいなんだから、どうせわざとやったんでしょ?」


 腰に手を当て、肩まで伸びる短い茶髪を揺らして俺に詰め寄るその女性。

 そうか、この子のお姉さんなのね。

 よく見ると、お姉さんと同じようにうっすらとそばかすが見える可愛らしい女の子だった。


「いや、転んだようだったから手を伸ばしただけだよ。でも、すまない」


 俺が頭を下げると、目の前で姉が妹を咎める。


「こらクレナ。そんなこと言っちゃダメでしょ? 転んだ私が悪いのよ? それに転ばなかったのはこの方のお陰なんだから」

「そんなこと言っても、こいつリル姉の胸を触ったんだよ? しかもいやらしい手つきで」


 これこれ、咄嗟の対応なのに、いやらしくする暇なんかあるわけないだろ。

 すると、俺の傍で小さく囁く声が聞こえる。


『……色ボケ並み』


 何がだよ。


「え? 何?」


 クレナと言われた妹の方が俺の方を見てキョロキョロする。

 エリー。ここにはギルドマスターは来てくれないんだぞ? 大人しくしなさい。今回も不可抗力なんだからなっ。


「……まあいいわ。じゃあ、今回は見逃してあげる」

「ど、どうもありがとう?」

「何で疑問形なのよ。じゃあリル姉、行きましょ」


 手を取り、その場から離れようとするクレナに手を引かれるリル。

 だが、リルは一瞬だけその場にとどまると、俺に向けて声を掛けてくる。


「え? ええ。ありがとうございました……えっと……」

「ダリルです。お姉さん」

「あんたの姉じゃないわよっ」


 リルに頭を下げつつ名乗ると、クレナが再び間に入る。

 だが、リルは俺の手を取り、静かに俺の目を見つめてくる。


「……不思議ですね。なんだか懐かしさを感じます」


 懐かしいですか。なるほど。私は懐かしさを感じる程の男と思っていただいたのですね。

 では不肖ダリル。綺麗な女性との縁は大切にしなさいという、じっちゃんからの教訓に基づこうではないですか。


「え? そうなんですか? じゃあ、これから一緒におしょ「ダリル」く……」


 俺の背後から、柔らかくも冷たさを備えた声と、何故か知らんが悪寒が襲い掛かる。

 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには一片の曇りのない、途轍もなく美しい笑顔を浮かべる麗しきエルフが立っていた。

 でも、気のせいか目は細められているけど……。


「何をなさっているの?」

「え? いや、今彼女が転びそうになったのを助け……」

「そうですの。私はてっきり『お食事』にでもお誘いされるのかと思ってしまいました」

「ま、まさかぁ。そんなこと言うわけ……」

『言いかけたわよ』


 おだまり。


「……そうですか。ふーん……」


 エリーの声にポーラの目がすっと細められる。

 リルとクレナにいたっては、別の女性の声が聞こえたことで驚いて周囲を見渡している。

 そんな様子を見ながらポーラが俺の傍へと歩み寄ると、リルとクレナの目が見る見るうちに大きく見開かれていき、直後勢いよく2人がその場に跪き、手を胸の前で合わせて頭を下げた。


「ポ、ポーラ様!」

「し、司祭長様!」


 リルとクレナがそれぞれ驚きの声を上げる。

 そんな二人を静かに見据え、ポーラは穏やかに声をかける。


「巡礼の旅、ご苦労様です」

「い、いえ、そんな」


 恐縮しまくるリルに、頭を下げたままのクレナ。

 流石は王国教区司祭長。教会関係者への威光は衰えを知らないようですねぇ。


「ところで、この者が何か粗相でも?」


 おいおい待ってくれ。何故に俺が粗相の元凶なんだ?


「おいおい、何で俺が悪者……」

「いえ。こちらの御仁に、転びそうになった所を助けて頂いた次第でございます」

「そう。では、何もなかったのですね?」

「は、はい。もちろんでございます」


 俺の言いかけた言葉を遮り、リルは慌ててポーラに弁明し、深々とお辞儀すると、ポーラは微笑みながら優雅に礼を返した。


「そうでしたか。では、巡礼の道中お気をつけなさい」

「は、はい。ありがとうございます! 神のご加護を」

「神のご加護を」


 そう言い残して、二人はそそくさとその場から去っていった。

 残された俺は、笑顔を浮かべて去っていく二人の後姿を見つめるポーラに視線を向ける。


「ダリル」

「はい」

「わたくし、浮気には寛容ですの」

「……は?」


 俺の方を振り向き、今までに見たこともないような屈託のない笑顔を俺に向けるポーラ。


「ですけど、巡礼者に手を出したら……よろしいですわね?」

「ま、まさかぁ。そんな事するわけない……」

「よろしいですわね?」

「は、はい」

「よろしい」


 そう言って表情が微笑みに変わる。

 いつも見ているほんわかする微笑みだ。

 でもさ、待って欲しい。俺、まだポーラとは恋人同士ではないはずじゃ……。


「ダリル」

「は、はい?」

「ダリルが迷っているようなら、いっそのこと既成事実でも作っちゃいましょうか?」

『コラっ、色ボケエルフ!!』


 漆黒のオーラを纏いながらエリーが姿を現す。

 瞬間的にポーラが指を鳴らすと、辺りに今までとは異なる風の流れ瞬時に現れ、俺たちの周囲にまき上がる。

 近くにいる人々がこちらを注視していないので、以前使ったような魔法なのだろう。それ故にエリーの姿は周囲には見えていない……と思いたい。

 だがそんな事などお構いなしに、エリーがポーラに詰め寄る。


『聞き捨てならないわね、今の発言』

「冗談ですよ?」

『あなたの言い方は冗談に聞こえないのよっ!』


 そう喚くエリーに、ポーラは静かに微笑みを向ける。


「大丈夫よ。ダリルは、私に本気で惚れていないもの。ね?」


 いや、まあ惚れそうなんだけど。いいのかな?

 でもなぁ……自分が不細工だと認めるのも癪なんだよね。


「ど、どうだろう」

「……ふふっ。まあいいですわ。エリーちゃん、一度普段の状態に戻ってくださらない? 今のままでは周囲が驚きますわよ?」

『ふんっ』


 漆黒のオーラが次第に弱まり、いつもの半透明の身体へと戻る。

 ポーラを見つめながら手を小さく振り、認識阻害の魔法が発動させたようだ。

 その様子を見たポーラが微笑みながら指を鳴らすと、周囲に現れていた風が何事も無かったかのように消え去った。


「では、戻りましょうか」

「デスネ」


 笑顔で告げるポーラに頷き、俺は魔除けの石の方を向いて小さく手を合わせる。


 願いはただ一つ。

 俺にぴったりの素敵な恋人が出来ますように……と。

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