紫炎暴虐編

第319話 砂漠の夜

 夜空に輝く月と星々。

 その光を遮るものはなく、地上で歩みを続ける彼らを優しく照らしてくれる。

 美しい輝きを放つ漆黒の空に魅入られた者は、ひとたび足を止め天を見上げることだろう。

 そして、無意識のうちに呟くことのだ。


 ――世界はこうも美しかったのか、と。


 彼らも例外ではない。

 砂の絨毯の上で焚火を囲み、一様に空を見上げる姿は無邪気な子供のよう。

 小さな焚火で暖を取る三人の男女。その内、金の髪を持つ青年が小さく呟いた。


「はぁ……空はこんなにも綺麗なのにさぁ……」


 プルプルと体を震わせ、心の裡に溜め込んでいた想いを吐露する。

 彼の脳裏に浮かぶは、その場所に辿り着くまでの長い旅路、苦難、現在直面している危機。

 これまで我慢していた想いは、悲痛の叫びとなって溢れだした。


「なんで、こんなにも寒いんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 そう。

 美しい空の下。遮るものの無い砂漠の上で、青年は寒さに震えていた。

 燃え上がる焚火に手を伸ばし、重ね掛けした毛布に包まってなお、砂漠の夜は非情なほどに寒い。


「アイトさん、うるさいです」

「イバラちゃんだって寒いだろ……って、いつの間にそんな着込んで!? てか、あんまり寒そうじゃないな……」

「ソラはモフモフで温かいですし、魔法で私の周囲に結界を張っていますから」

「ずりぃ! 俺にもかけてくれよ!」

「いえ、そうしたいのは山々ですが……結界って魔力の消費が……」


 巨大な狼に寄りかかった鬼の少女、イバラが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 そんな顔を見てしまっては、アイトも我が儘を言えず、視線をイバラからもう一人の仲間へと向けた。


「おい、レン。お前はいつも通りだけど、寒くないのか?」

「んー? コートに耐寒機能ついてるし、そもそも炎の使い手が寒さを感じるとでも?」

「た、確かに!」


 まさに目から鱗。

 紅髪の眠そうな少年、煉の言葉に納得してしまった。


「くっそぉ……お前らばっかりずりぃぞ! というか、なんで俺たちはこんなところにいるんだ!?」

「そりゃあ、あのバカが座標指定せずに俺たちを転移させたからだろうな」


 煉たちが砂漠にいる理由。それはほんの数週間前の出来事。

「七つの死界」の一つである「絶海の楽園都市」を攻略し、神獣リヴァイアサンと言葉を交わした煉は、攻略の証として数々の情報を得たのち、死界から転移によって脱出させてもらった。

 しかし、久しぶりに転移の術を行使したリヴァイアサンは、転移先の座標指定を忘れてしまい、三人は海洋から遠く離れた砂漠の地へと飛ばされてしまったわけだ。

 それから数週間、砂漠を歩き続けていたのである。


「お前……神獣様にバカとか罰が当たるぞ?」

「知るかっ。何が神獣だ。こんな砂漠にぶっ飛ばしやがって……」

「さすがのレンさんもお怒りですね。私は初めてなので、少し楽しいですけど」

「イバラちゃんは、中々肝が据わってきたなぁ……」


 イバラと出会った頃を思うと、感慨深い思いを感じるアイト。


「アイト、こういう時こそ魔道具の出番じゃないのか? 耐寒機能の付いた魔道具とかあるだろ」

「そんなものとっくに考えたわ。だが……手持ちの素材でこの寒さを乗り切れる魔道具を作れないことを知ってしまった……」

「そうかい……」


 自分の情けなさを感じ、アイトは涙する。

 そんな彼に、二人は同情の視線を向けた。


「なぁ、本当に街があるのか? そこに行けば、もう寒くないよな?」

「ああ。明日には街に着くはずだ」


 彼らは目的無く砂漠を彷徨っていたわけではない。

 煉の記憶が正しければ、あと約一日歩いた先に街が見えてくる。

 そこは、この広い砂漠の中にある唯一の街であり、一つの国。


「もうすぐだ。『砂漠のオアシス』と呼ばれる砂の大国――セト」







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