第311話 気になっていたこと

「……よかったのですか?」


 ミカエルが問いかける。

 すると苦虫を噛み潰したような表情でラミエルは吐き捨てた。


「いいはずがないっ……だが、私は彼の言葉を否定することはできない。彼の背を追いかけて引き留めることすらできないのだ……っ」


 煉の言葉が、ラミエルの心に突き刺さる。

 本当に神に反抗できるのか。

 天使とは、世界の支配者たる神によって創造された神の使徒だ。

 量産型のような低級の天使らは、神の高度な技術力によって生み出されている。

 しかし、ラミエルらのような高位の熾天使は人間を素体としている。

 天使となる前は、普通に人間として生きた記憶があり、心に刻まれた思い出が詰まっている。

 神はそれらを封じ、新たな意識を形成することによって、忠実で強力な使徒を作り出した。

 それを知ったラミエルは、いくら神とは言え自分勝手すぎると憤った。

 そしていつしか、自らを生み出した神に対して謀反を起こそうと画策するようになる。

 ただ、感情任せに行動した結果、力を半分失い神の目に触れない地で隠れ住むことになった。

 一度失敗した経験があったからこそ、念入りに計画を練り上げ着実に準備を進めてきた。

 だが、ラミエルは一度たりとも考えたことはなかった。


「本当に創造主である神に逆らえるのか、そんなこと少し頭を使えばわかることだった。私はただ、神の所業が気に食わず反抗しただけだ。子供の癇癪となんら変わりないではないか!」


 湧き上がる激情が心を支配する。

 頭を抱え蹲るラミエルの姿を見ても、ミカエルに彼女を慰めることはできない。

 思いあがっていたのはミカエルも同じだった。

 神へ疑問を抱き、連れられるがままここまで足を運んだ。そしてラミエルの話を聞き自分もその一助になれれば、などと短絡的に考えていた。


「本来の私であれば……とは、彼も酷なことを言いますね……」


 このままではダメだと改めて認識したミカエルは、煉の去って行った方角へ視線を向ける。


「それにしても、あの少女は一体……」




 ◇◇◇



「……ずっと気になっていたことを聞いても良いですか?」


 海底洞窟を探索していると、イバラが思い出したように口にした。

 視線は自分たちの先を楽しそうに鼻歌交じりで進む紅髪の少女。

 途中途中襲い掛かってくる凶悪な罠や龍の骨で出来たアンデッドを容赦なく燃やしている。

 少女の楽しそうな笑い声が響く。


「どうした? 頬が引き攣ってるぞ」

「そんなことは今どうでもいいです! それより、あれ! あの女の子は一体何なのですか!?」


 イバラが指差す先で、両手に真っ赤な炎を宿した少女が骨の群れに突撃していく。

 満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうに。その笑い方が、どことなく煉と似ていた。


「あー、俺も気になってた。何なんだ、あの子は。煉の妹か?」

「俺に妹はいねぇよ。あー……説明するのが難しいな。簡単に言えば――勝手に出てきた」

「「……勝手に出てきた??」」


 意味が分からない。言葉にせずともわかるほど、二人の顔は雄弁に物語っていた。

 煉もどう説明すればいいか分からず、困り顔を浮かべている。

 そんな時、立ち止まる三人の下へ少女が戻ってきた。


「レン♪ ここは楽しい。もっと遊びたい」

「わかったから、もう少し慎重にな」

「うん♪」


 少女が離れていく。

 ちゃんと説明しろ、とイバラの無言の圧。


「はぁ……俺も正直ちゃんとわかってるわけじゃないんだ。勝手に出てきたって言うのは間違いじゃない。あれはツバキ。大罪宝具の『紅椿』だよ」


「紅椿」とは、煉が使用する炎を纏った強力な武器のことだ。

 その名を知っていて、見たこともある二人は視線をツバキという少女に向ける。

 二人の視線を感じたツバキは振り返り、瞠目している二人へニコッと笑いかけた。


「「えぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!」」


 驚愕の答えに、二人の絶叫が響き渡った。





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