第310話 笑わせるな

「な、なぜだ!? 君と私たちの最終目的は同じはず。君にとっても悪い話ではないはずだ!」


 彼女にとって煉の力は、自分の計画を成功へと導くほど貴重なもの。ここで協力を取り付けられないのは大きな痛手となることだろう。

 同じ目的を掲げる煉が、自分の提案を断る筈もない。そう確信してたのだが、余程想定外だったのか、彼女の表情が物語っている。

 ラミエルの激しい動揺ぶりを見て、煉は呆れたように息を吐いた。


「確かに目的は同じかもしれない。頭上でふんぞり帰ってるバカを滅ぼすっていうな。だが、アンタの話じゃ結果が同じでもそこに行きつく過程に差がありすぎる。この世界の人間の意識改革? それに最低五年、長ければもっとかかるってか? そんなに時間かけてられるか。アンタのやり方じゃいつまで経ってもあいつらには届かねぇよ」


 つまらなそうに煉はそう言い放つ。

 ぐうの音も出ない反論に、ラミエルは押し黙ってしまう。


「大体、神はアンタからしたら創造主だろ? 本当に反抗できんのかよ?」

「で、出来るとも! 私の意思は既に決まって……」

「言葉ではどうとでも言えるさ。奴らは仮にも神を自称してるんだ。自分の作ったおもちゃが反抗しないように、何らかの対策を講じてるはずだ。そういうのは考えたことあんのか?」

「っ……!?」


 ハッと息を呑む天使たち。

 その考えに思い至らなかったらしい。

 やれやれと煉は肩を竦める。


「その程度の事も思いつかないで、神に叛逆するって? 笑わせんな。せめて、神に一矢報いてから出直して来い」


 そう言って、煉は立ち上がり天使たちに背を向けた。

 去り際、ちらりとミカエルへと悲し気な視線を送り、小さく呟いた。


「……本来の美香なら、こんな単純なことに気づかないはずないんだがな」


 そう言い残し、煉は天使の拠点を後にした。


「あ、待ってください! レンさん!」


 慌てて煉の後を追うイバラ。

 アイトもその後に続こうとしたが、足が止まる。

 ようやく再会を果たしたアリス、もといガブリエルとの別れに名残惜しさを感じていた。

 だが、今の彼女にアイトの記憶はない。その寂しさをアイトは痛感していた。

 煉もこんな気持ちを抱えていたのだろうか、そんな考えが頭を過る。

 アイトはグッと拳を握りしめ、背を向けたまま告げる。


「……俺が、必ずお前の記憶を取り戻す! そのための旅だ。だから……だから、今度は俺から会いに行く! 絶対にだ! これは、約束だからなっ……!」


 それだけ言うと、アイトは煉たちの後を追う。

 ガブリエルからすれば、あまりにも一方的な約束。しかし、なぜかアイトの言葉が胸に刺さる。


「……何それ。勝手なこと言っちゃってさ……」


 そうおどけて笑う彼女の頬を、一筋の滴が伝う。




 ◇◇◇




「――さて、用も済んだことだし、さっさとこっから出るか!」

「……どうやって、ですか?」


 気楽に言う煉へジト目を向けるイバラ。

 煉は不思議そうに首を傾げた。


「ん? それは見つけてあるんだろ?」

「そんなもの見つけてません。それどころじゃなかったんですから」

「むしろ、煉の方が知ってるんじゃないか? いろいろな人の記憶を見たんだろ?」

「いや、出口の記憶はなかったけど」


「「「……」」」


 問題発生。

 誰も死界から出る方法を知らない。


「……天使の方々に聞いてきますか?」

「いや、今さら戻れないだろ……」

「だな。ちょっと気まずいわ……」


 煉とアイト、二人して気まずそうに目を逸らす。


「はぁ……それじゃ、いつも通りですね」


 イバラがそう言うと、煉はニヤッと笑う。

 既に二つの死界を攻略した彼らにとっては、なんてことのないいつも通りのことをするだけだ。


「それじゃ、楽しい死界探索といきますか!」





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