第308話 支配者の声

「ま、こんなもんか」


 炎上するベリトを眺め、煉が呟く。

 熾天使たちでさえ苦戦していた魔将軍を相手に、こうも呆気なく終わるのかと、ラミエルは煉の力に戦慄していた。そして叛逆者の力がどのようなものか、想像の遥かに超える強さに期待感が高まる。

 これからの計画に煉の力は欠かせない。そう思ったラミエルは煉を勧誘するため、再会に盛り上がっている三人の輪に入ろうとした。


「本当に心配していたんですからねっ!」

「わかってるって」

「記憶がない時くらい勝手に行動しないでください!」

「悪かったって……そんな時そうそうないとは思うけど……」

「口ごたえしない!」

「!? ご、ごめん……」

「ははは。煉も相変わらずイバラちゃんには敵わねぇな」


 どうも彼らの輪に入りにくい。そう感じたラミエルはたじろぐ。

 しかし、話をしなければならないのも事実。意を決し声をかける。


「歓談中のところすまない。叛逆者レンよ。少し私の話を聞いてもらってもいいだろうか」

「ん? あんたも天使か? 悪いが、まだ先にやることが残ってるみたいだ。ちょっと待ってくれ」


 どういうことかと首を傾げると、祭壇の方向から奇妙な笑い声が響いた。

 その声はとても嬉しそうで、楽しくて仕方がないという感情が伝わってくる。

 燃え盛る炎の中から、ベリトの影が浮かび上がってきた。


「……我が同輩にも炎を司る者はおる。あやつもかなりの強者ではあるが、貴様には及ばないだろう。――我に傷を付けたのだからな!」


 ベリトの纏っていた服は焼け落ち、露出した肌には酷い火傷が刻まれていた。

 見るからにボロボロだが、ベリトは楽しそうに牙を見せて獰猛に笑う。


「ふむ。魔王様より賜りし短剣がこうも無惨に……これは申し訳ないことをしたな」

「大事な武器がなくなったのに、まだやるのか?」

「もちろんだとも。強者を前に背を向けるなど戦士にあるまじき行為。この身朽ち果てるまで、我は戦い続けるのみ!」


「――――いや、此度はそこまでだ。戻れ、ベリト」


 突如、空間全体に声が響き渡る。

 姿はなく声のみ。しかし、身が竦みあがるほどの威圧感があった。

 気を抜けば膝をついてしまいそうだ。現にイバラは、煉の腕にしがみついて体を震わせていた。


「ま、魔王様!? しかし……」

「聞こえなかったか? 戻れ、ベリト」

「っ!? ……仰せのままに。そういうわけだ。勝負は預けたぞ、レン・アグニよ」


 ベリトはその場で膝を突き頭を垂れると、自分の傷を回復させ、雷鳴を残してその場を後にした。


「サタンの力を宿す者、大賢者の足跡を辿りし者よ。汝が求むるモノは我の手にある。欲するならば来るが良い。我が魔界の神秘を以て、汝をもてなそう」


 そう言葉を残し、魔王の気配は途絶えた。

 重くのしかかっていた空気が緩和するのを感じる。

 その場の誰もが深い息を吐いた。


「れ、レンさん……」

「あれが、魔王か……声だけであの威圧感はヤバイな」


 さすがの煉も、魔王の威圧感に委縮してしまった。

 だが、下を向くことはしない。煉の目は常に前を向いていた。


「とりあえずいろいろ終わったことだし、そろそろ収拾をつけるか」




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