第306話 静かな怒り
真っ暗な闇の中に灯る希望の火。
その炎は熱量を増し、闇を燃やしながら拡がっていく。
誰もが息を呑む静かな空間。ゆっくりと近づいてくる足音が二つ。そして楽しそうに笑う少女の声。
闇の空間が炎に上書きされた時、祭壇の間に光は戻った。
「――レンさんっ!!」
特徴的な深紅の髪と右半身に炎の紋様。少し薄汚れた黒竜の皮で出来たコートを羽織る姿には傷一つない。
煉の無事な姿に安堵の息を零すイバラ。気が抜けたのか、その場に膝をついてしまう。
そんなイバラに視線を向けることなく、煉はただ真っ直ぐに祭壇へと歩いていく。
「レンさん……?」
様子が違う。
記憶が戻った影響かは定かではないが、彼の纏う雰囲気からは怒りが感じられた。
それも感情の昂りに合わせ爆発するような怒りではなく、内に溜め込んだ火種が静かに燃え上がるかのよう。
落ち着いているように見える反面、その心は激しい怒りで炎上している。
イバラはそんな印象を感じた。
だが、それ以上に気になるものがイバラにはあった。
「……あの子は、誰……?」
煉の周囲を、満面の笑みで走り回る少女。
煉と同じ紅い髪を束ね、髪と同色のワンピースを着た裸足の少女からは、とてつもない魔力を感じられた。
座っている場合ではない。何があったかを聞かないと!
そう思ったイバラは、力の入らない足で近づこうとする。
そんなイバラにアイトが手を貸す。それと同時に煉の声が彼らの耳に届いた。
「――もう少し待っててくれ。大事なモノが……そこに在るから」
「レンさん……」
「……ったく、相変わらず勝手な奴だな!」
ずっと一緒にいたはずなのに、久しぶりに声を聞いたような感覚。
二人は、元の煉に戻っていることを確信した。
「レン……煉だと……っ!? そんなはずはない! あいつは死んだはずだ! 第一見た目が違うじゃないか! あいつが生きているわけない。再び俺の前に立ち塞がるなんて、あってはならないんだぁぁぁぁ!!」
そう叫んだ天馬は、祭壇へと歩く煉の前に立ちはだかり、闇聖剣の切っ先を向けた。
そこに在る感情は、煉が生きていることへの怒りと、またしても自分の邪魔をされることへの恐怖心。
天馬の思い込みだが、それに気づくことはない。
「誰だか知らねぇが、邪魔するなら容赦しねぇぞ?」
「っ!? モブのくせに……俺を馬鹿にするんじゃねぇ!!」
「はぁ……――ツバキ」
「ほいさー!」
煉の声に呼応し、ツバキと呼ばれた少女がその姿を深紅の大太刀へと変化させた。
闇雲に振り下ろされた闇聖剣を、右手に握った刀で斬り払う。
「は――?」
パキンッ、と音を立て真っ二つに斬り裂かれた闇聖剣。
折れた刀身から溢れた魔力の闇も、煉の炎によって焼き尽くされ、天馬は呆然と崩れ落ちた。
「ああ、思い出した。お前、勇者だったな。いや、元か。ま、勇者と言っても紛い物ならその程度だろ。大人しくしててくれ」
まるで興味がないと言わんばかりにそう言い、天馬の横を通り過ぎ祭壇へと行く。
誰もが煉の行動に注目する中、祭壇の前に立った煉は、ポケットからいつかの王女様から渡されたアクアマリンを取り出した。
すると、アクアマリンは青く眩い光を放つ。そして大きな地揺れと共にカチッという音が響く。
今ここに、封じられた祭壇が開かれたのだった。
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