第304話 魔将軍ベリト

「――ふざけんな! なんでテメェがここにいやがる!? あいつらは俺の獲物だ! 邪魔すんな!」


 天馬が怒りを露わにし喚き散らす。

 彼もベリトがここにいることを知らなかったようだ。


「ふん。愚か者が。貴様が魔界を出るころよりずっと後を付いていたわ。勇者を監視し使い物になるかどうか見極めろと魔王様の命でな。こうして姿を見せるまで気づかなんだとは、未熟にもほどがある」

「なん、だと……っ!?」

「稚拙な技量、雑な指揮系統、安易に部下を使い潰す腐った性根、無能すぎて何度縊り殺してやろうと思ったことか。すでに魔王様には報告してある。安心しろ。殺しはしない。使い物にならない無能も使い方次第だ。魔王様の駒として有効に活用してもらえるだろう。光栄に思うがいい」


 あまりにも不遜な物言い。だが、魔族とはこういう生き物だ。

 完全実力主義。

 人間と違い、血筋やスキル、ジョブだけで上に立てるほど甘くない。

 自らの実力を示してこそ、魔族としての高い地位を築けるのだ。

 ただ勇者だからと威張り散らしていた天馬では、子爵程度。伯爵級魔族には遠く及ばない。

 その事実を突きつけられた天馬は、怒りを感じつつも悔し気に唇を噛みしめていた。


 天馬は一度魔将軍と戦ったことがある。

 勇者の力を持ってしても、魔将軍の誰一人として傷を付けることはできなかった。

 長い時間をかけ研鑽を積み上げてきた魔将軍と、与えられた力に驕っていた天馬とでは、力の差は歴然。

 反抗しても敵わないと理解していたのだった。


「貴様はそこで大人しく見ていろ。戦いとはどういうものかを――」


 天馬に視線を向けていたベリトの背後から、風刃が迫る。

 一瞬で状況判断を済ませたベリトは、風刃の奥でソラに跨り杖を構えるイバラへ視線を向けた。


「ほう! スコルを従えているとはっ! 中々楽しめそうではないか!」


 短剣であっさりと風刃を斬り裂いたベリト。

 余裕の笑みを浮かべるベリトに向け、間髪入れずさらに風刃で牽制する。


「ミカさん!」

「言われずとも!」


 迫りくる大量の風刃の対処をしているベリトの背後から、槍を構えたミカエルが突きを繰り出す。

 完全な奇襲だったが、ベリトは後ろを振り返ることなくミカエルの突きを躱した。

 そして笑う。


「なっ――!?」

「ハハハハハ! 鬼と天使の連携、誠に見事! だが、その程度では我に傷を付けることはできぬぞ!」

「ぐぅ……」

「あぁ……っ!」


 ベリトの体から発せられた雷が、地面を伝ってイバラとミカエルを襲う。


「ミカエル!? これでも食らいなさい!」

「光の矢か。それも〝浄化〟の力を持っているようだ。これは我らには毒と変わりない。だが――当たればの話だ」

「そんな……!?」


 ガブリエルの放った光の矢の雨の中を、平然と歩くベリト。

 体を少しずらすだけで、ほぼすべての矢を回避する。躱しきれない矢は短剣で振り払われ、彼女の矢が当たることはなかった。


「このっ――!」

「それはっ!? 精霊の加護を得た聖剣か! 何とも珍しい剣を持っているな! さすがは騎士王の子孫というところか。これほど愉快な戦いも久々だ! ああ……高揚しすぎて、思わず殺してしまいそうだ!」


 ベリトから放たれた濃密な殺気が、祭壇の間に充満する。

 それを受けたイバラたちはゾクリと全身が粟立つのを感じた。天災と恐れられるソラでさえ、毛を逆立てて威嚇している

 アイトの剣を弾き、ベリトは大きく距離を取った。


「おっと。これは失礼した。少し冷静になろう。天使は捕らえよとの命を受けている。殺しては魔王様の命を遂行できなくなってしまうな。ふむ……加減をするのは苦手なのだが……」


 そう口にすると、悩ましく声を漏らして頭を捻る。

 隙だらけのはずなのに、誰も動くことができなかった。

 考えがまとまったのか、ベリトはニヤリと笑い楽しそうに言い放った。


「うむ! 生きていれば問題なかろう! 故に貴殿ら――死ぬなよ」





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