第302話 ずっと探していた

「あの男と共にいた少女……」


 ミカエルが呆然と呟く。すると、バッと首を振り辺りを見渡した。

 イバラがここにいるのなら、おそらく煉も近くにいるのではないかと。

 それを咎めるような声がかかる。


「――レンさんならいませんよ」

「っ!? 何を言って……私は別にあの男など探しては」

「あなたのことはレンさんからいろいろと聞いています。一度会って話をしたいと思っていました。……こんなところで会うとは思っていませんでしたが」


 何やらただならぬ空気が漂い始めた。

 二人の間に因縁めいた何かを感じ取ったラミエルは、黙って成り行きを見守る。

 そんなことよりも、正直イバラたちがこの祭壇まで来れたのが不可解だった。


 死界の中心とも言える海底祭壇は、結界によってある条件を満たさない限り決して近寄ることはできない。

 ラミエルやそこに住まう妖怪らの導きがあればこそ、魔族たちはそこに到達できた。

 しかし、イバラやアイトを導くようなものはいない。

 だからこそ不可解だったのだが、そういえばとラミエルは思い起こす。

 魔族の襲撃によって死界を守る結界は破壊されている。今は隠蔽の結界のみ。

 それに加え、守護者に何らかの異変を感じていた。

 もしかすると、祭壇を守る結界が機能していないかもしれない。そのことに気が付いたラミエルは早急に事態の収束を図ろうとした。


「ミカエル、ガブリエル! 守護者の力が弱まっているかもしれん! このままでは神の目を欺くことも……――」

「――アリス!?」


 ラミエルの言葉を遮り、アイトが嬉しそうに声を上げた。

 視線は大弓で顔を隠すガブリエルへと向けられている。


「ようやく見つけた……! アリス、アリスだろ!? ずっと探してたんだ! 神様だが何だが知らんが、いきなりお前を連れていかれて……ずっと、ずっと……」


 矢継ぎ早に溢れる想いを伝えようとするアイト。

 しかし、ガブリエルは一向にアイトと目を合わせようとはしない。

 むしろ少しずつアイトから距離を取ろうとしている。


「アリス……?」

「……し、知らない。あなたなんて知らない。私があなたの知り合いだったのだとしても、私にあなたの記憶はない。人違いだから。近づかないで。じゃないと……」


 後に続く言葉は誰にも届かなかった。

 拒絶されたアイトは分かりやすくショックを受ける。

 今にも泣きだしそうで苦しい表情を浮かべるアイトを見て、ガブリエルは胸に不可解な痛みを感じた。

 アイトの顔を見るだけで、胸が締め付けられるように苦しくなり罪悪感を覚えた。

 彼女はそんな感情を知らない。理由も原因も、彼女の記憶には何も残っていない。

 言葉を紡ごうとするも、何も出てこないアイトはただ手を伸ばすしかなかった。


「――アイトさん!!」

「っ!?」


 意識が完全にガブリエルに向かっていたアイトの不意をついて、頭上から天馬が襲い掛かってきた。

 天馬の持つ闇聖剣とアイトの持つ精霊聖剣イーリスが激しくぶつかり合う。


「なんだかわからねぇが、男は死ねっ!!」

「……なんだテメェ……今大事なところなんだ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 

 珍しく強気なアイトが、天馬の剣を払い無防備な体にイーリスを叩きつけ吹き飛ばした。


「……そういえば、まだ勇者が残っていたな。随分としぶとい」

「アイトさん、剣が黒くなってますけど……」

「うおっ!? 本当だ……なんだよ、これ」

「それほどの精巧な剣でも、闇の浸食を阻むことはできないか。――客人たちよ。状況を説明している暇はない。とにかく手を貸してくれ。堕ちた勇者退治だ。闇聖剣が放つ闇の塊に触れるなよ」

「……突然のことで何が何だか……ですが、話は後にします。アイトさん、この天使さんたちに助力します。終わってからレンさんのことを聞きだしましょう!」


 天使と勇者の戦いに、イバラとアイトが参戦した。

 五対一。圧倒的に不利な状況だった。しかし、吹き飛ばされた天馬は瓦礫を切り裂き立ち上がると、光を失った瞳で不気味な高笑いを上げていた。






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