第301話 天使 vs 勇者

 ミカエルの蒼槍と天馬の聖剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 その衝撃で周囲に広がっていた闇が吹き飛ばされるも、聖剣から同じように闇が溢れだしてくる。

 その闇は刃を交わすミカエルの槍をも呑み込もうとした。


「ちっ」


 自身を囲む闇を凍らせ、逃げ道を作り離れる。

 ミカエルの動きに合わせ、上空から光の矢が雨のように天馬へと降り注いだ。


「くそがっ!」


 天馬もその場から大きく後退していく。


「……あの闇は本当に厄介ですね。凍結したのもほんの数瞬、今では私の魔力を喰らいさらに大きくなっています」

「私の矢も吸い込まれてるわね。あれを意図的に出されてたらやばかったかもしれないけど、馬鹿勇者で助かったわ」

「別に対処法が無いわけではないぞ。あの闇が呑み込み切れないほどの魔力量で力押すれば良い。そうすれば、自ずと崩壊していくだろう」

「それはそれで……骨が折れますね」

「あれ小さいの一つでも結構な魔力量あるわよ。全部消すにはこっちが枯れちゃうじゃない」

「だから、さっさとあの勇者を排除するのだ。手を休めるなよ」


 そう言うと、ラミエルは獰猛な笑みを浮かべ自身の魔力を両手両足に集め始めた。

 光に包まれた手足は、金色に輝く手甲と銀の脚甲を纏う。そして背中に鋼のような翼を広げ、天馬に向け飛翔していく。

 元十二熾天使の一柱であるラミエルは、天使の中で一番の武闘派だった。

 神より与えられる天使の武器は一切使わず、自身の手で作り上げた鎧を付けた手足であらゆる生命を粉砕させてきた。

 その理由は……自身の手で粉砕する感覚がたまらなく好きだったから。

 彼女は最強の天使として、君臨していた。


「剣も持たず突っ込んでくるとは、大した女だな! そういう女ほど、屈服させるのは楽しいんだ!!」

「貴様の趣向に興味はない。我らを欲するのならば強さを証明せよ! 力に振り回される貴様には無理だがな!」


 天馬が振り上げた聖剣と、ラミエルの蹴りが衝突。

 激しい衝撃に加え、金切り音が鼓膜を刺激する。

 そしてまたも聖剣から漏れ出す闇がラミエルの脚を呑み込み始めた。

 しかし、ラミエルは気にすることなくむしろ力を加え、聖剣を押し返していた。


「くっ……! なんで……なんでだ!!」

「簡単なことだ。――貴様が弱かった。それだけのことよ」


 振り抜いたラミエルの脚は、まとわりつく闇ごと天馬の体を吹き飛ばした。


「ふむ。気色の悪い感覚を体験してしまった。二度はさすがにごめんだな」

「……ふざけんな……こんなことある筈が。俺は勇者だぞ。勇者なんだ。この世界で誰よりも強い。最強なんだ。勇者が女に負けるとかありえない……」

「むっ」


 ブツブツと呪文のように呟きながら立ち上がる天馬。

 その瞳に光はなく虚ろ。だらんと垂れ下がった手に握った聖剣から、天馬の吐き出す感情の影響を受け、さらに闇が溢れだしていく。


「これは……くそっ! 勇者とは面倒な! 奴の魔力は無尽蔵か!」

「ラミエル! これは一体……?」

「ちょっとちょっと! この部屋どころか死界そのものがやばいんじゃないの!?」


 あまりの量の闇に焦りを感じる天使三柱。

 結界を張り部屋から出さないようにしたその時――


「っ!? この魔力は! それに速い!?」


 巨大な魔力の塊が、もの凄い速度で近づいてくることを感知した。

 それはもうすぐそこまで来ていた。何か来ることに警戒し、それぞれ武器を構える。

 入り口を塞ぐ魔族を蹴散らし、一迅の風が天使たちの頬を撫でる。

 気配は既に彼女らの背後に移動し、慌ててバッと振り返った。

 通り過ぎた風の正体は、巨大な狼に乗った男女。

 百目から送られる映像で見ていた、鬼の少女と金髪の青年だった。


「――――っ!!!!!」


 大狼が高らかに吠えると、小さな竜巻が発生し闇を巻き込んで空へと舞い上がっていく。

 ピリピリと感じる威圧感。その大狼がただの狼ではないことを痛感させる。

 天使たちに警戒されていることをまったく気にしていないのか、少女たちは首を振り何かを探していた。


「――レンさん! レンさん、どこですか!?」

「ちょっ、耳が……吠えるなら先に言っておいてくれよ……」

「アイトさんの耳よりもレンさんの安全が先です!」

「……仲間としてはちょっと悲しくなるぞ、それ。てか、ここにはいないみたいだが……」

「みたいですね――あ」


 そして、鬼の少女とミカエルの視線が交錯した。





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