第299話 妖怪の力

 元勇者の天馬が三人の天使と対峙している間、彼の連れてきた魔族たちは妖怪たちの露払いを支持されていた。

 魔族も妖怪も数はほぼ同数。いや、魔族は魔獣を使役する者も多くいる。召喚陣から自身の従魔を呼び出し共に戦うため、魔族の方が有利だろう。

 それを理解していたからか、天馬は悠々と天使たちの下へと近づこうとしていた。


「――随分と余裕そうだが、我が友を甘く見過ぎではないか?」

「は? 何言ってんだ。数はこっちが有利。戦闘力にも長けた部下たちがこんな化け物の成りそこないのような奴らに負けるはずが――」


 自分たちが優位であると確信している天馬は、妖怪たちの力量を測ることを疎かにしていた。

 その結果、数で勝り力のある魔族たちが悉く妖怪に蹂躙されていく。


「は……? ど、どうなってる!? こんな雑魚ども相手になにやられてんだよ!!」


 元勇者とは言え、勇者として与えられた力は消えていない。勇者の技能である〝鑑定〟を使っていれば、魔族たちの無駄死には減ったかもしれなかった。


 そもそも妖怪とは、本来この世界には存在しない生き物だった。

 そういう伝承も記録も一切ない。

 異世界の日本ではドラマやアニメで親しまれていたからか、天馬はその本質を知ろうともしなかった。


「妖怪とはただの魔獣ではない。かつて大賢者と共に世界を旅し、この地の守護を仰せつかったかの守護者アイアスが作り出した人口生命体。守る以外に戦う術がなかった彼女が、大賢者の側で危険な旅を歩み続けるため作ったホムンクルスのようなものだ。どの個体も、危険度Sランクの魔獣と同レベルの力を持っていると思った方が良い。奴らは――強いぞ」

「意味が分からねぇこと言ってんじゃねぇ! 大賢者だぁ? そんな奴知らねぇし、そもそもそんな昔の人間が何だってんだ!!」

「大賢者も知らんのか。それでよく勇者などと口にできるものだ。逆に感心するぞ」


 明らかに馬鹿にされ、天馬は青筋を立てる。

 そうしている間にも魔族らは蹂躙され、すでに九割ほどやられていた。


「ちっ! 使えねぇ雑魚どもがぁぁ!!」


 怒り狂った天馬の体から、得体の知れない魔力が溢れだす。

 形を与えられた魔力は、魔族の目の前に障壁となって出現し、妖怪たちの攻撃を悉く呑み込んでしまう。

 突如現れたそれに警戒し、妖怪たちは一旦大きく距離を取った。


「……気味の悪い魔力ね。堕ちた勇者がこうも醜いだなんて」

「完全に制御はできていないみたいですね。あれもただ無意識に形作っただけの用ですし」

「勇者とは、元来その在り方や高潔さゆえに光の性質を与えられる。しかし、欲に塗れた勇者の魂は反転し、光は闇へと変質する。ただ純粋な闇魔法と違うのは、あれは剥き出しの欲望の塊のようなもの。それほど、奴の心が穢れているというわけだ」


 本来であれば、生まれてきたその時から勇者としての運命が定められる。

 勇者として生まれ、勇者として生きることを生まれた時から決められてしまうのだ。

 理不尽な運命を背負わされたと思う者もいるだろう。だが、それは名誉あることでもあり、選ばれた者の魂は例外なく美しく輝いているものだった。

 それは魔王という悪を倒すために必要な要素で、世界の仕組みそのものである。

 時折、欲望に負け反転する勇者もいたが、その大半が欲深い何かに誑かされた結界そうなってしまっただけだった。

 しかし、天馬はそれとは異なる。彼は表面上で好青年を取り繕っていただけで、その奥底には果てしない欲望が渦巻いていた。

 神は表面のみを見て彼を勇者としての力を与えたが、彼は最初から堕ちる素質を持っていた。

 勇者として選ばれたことがそもそも間違いだった。

 だが、彼らは認めないだろう。神に間違いなどある筈もない。天馬は自分が特別な存在だと信じて疑わない。

 その思い込みが、いつか自分の身を亡ぼすことも理解せずに。


「さあ、どうする勇者よ。自慢の部下らはほぼ虫の息。貴様の力も思いのほか大したものではなかった。諦めて魔界に帰るのなら見逃してやろう」


 それはラミエルからすれば慈悲であった。

 しかし、ラミエルも勇者を侮った上勘違いしていた。

 勇者の力とは、神の力を直接分け与えられたものである。つまり、元を辿ればその力の根源は神のものであり、天使とそう大差ないのだった。


「黙れ黙れ黙れ黙れ!! 俺を見下すんじゃねぇ!! 俺は勇者だ! この世界で最も力を持った存在だということを、証明してやる!!」





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