第298話 開戦

「……一つ聞こう。貴様らどうやって結界を通った?」

「あ? 結界? んなもん、こいつでどうとでもなる。なんせ俺は勇者だからな!」


 勇者が真っ黒な聖剣を掲げ高笑いを上げる。

 死界に張られていた結界は、かつて大賢者と共に旅をした守護者が発動したものだ。

 神の目を欺き、資格なき者以外を決して通すことはない世界最強の結界。

 いくら聖剣であっても容易く斬り捨てることは不可能だったはず。

 しかし、現に結界は破られ魔族の侵入を許してしまっている。

 この不可解な現象に疑問が尽きない。


「結界が破られ魔族の侵入を許してしまった今、神がこの地の存在に気づいてしまうかもしれない。故に、早々に片を付け結界を張り直さねば!」

「そう。ならやることは一つね」


 ガブリエルの視線に頷き、ミカエルが虚空から出した愛槍を構える。

 その矛先は一点、不快な笑みを浮かべている天馬へと向けられていた。


「記憶が無くともこれだけは確信しています。私はあなたの物ではないし、あなたのような下衆な男の者にはなりません! その腐りきった性根を叩き直して差し上げましょう! かかってきなさい!」

「そういう女ほど、屈服させるのは興奮するよなぁ! すぐに俺の物にしてやるよ! 勇者に歯向かったこと、後悔させてやるぜっ!!」




 ◇◇◇




 大きな揺れに苛まれた後、断続的に起こる地響き。

 未だ煉と合流できていないイバラとアイトは、途中で見つけた小部屋にて揺れが収まるのを待っていた。


「……何が起こっているのでしょうか。レンさんも無事だと良いのですが……」

「レンの心配より、俺たちの方がヤバイ気がするんだが。何なんだよ、さっきから。海底で地震とか洒落にならねぇぞ」

「もしかすると、誰かが戦っているのでは? 微かに魔力を感じますし、ソラが音に反応してるみたいです」

「こんなところで誰が戦ってるって言うんだ……――あ!」


 自分たち以外に誰もいないと思っていた死界で、突如聞こえてきた戦闘音。

 誰が、と考えた時、二人が思い浮かぶ人物と言えば一人しかいない。


「……ヤバイかもしれませんね」

「……確実にヤバイことになってるだろうな」


 二人は顔を見合わせると、すぐさま立ち上がり地響きが続く死界の中を駆け出した。

 もし、記憶のない煉が誰かと戦っているとなれば。

 そうなった時、今の煉に戦う術はない。魔法も剣もまともに使えない煉が死界にいる何かと戦って無事なわけがなかった。

 焦る二人に並走するソラは、二人を背に乗せ速度を上げた。


「ソラ! 音の鳴る元へ向かってください! 急いで!」

「第一優先はレンだ。なんとしてもレンを救うぞ!」


 そうしてイバラ達は、天使と魔族の争う祭壇へと向かうのだった。




 ◇◇◇



 ~~その頃の煉~~


「……なんか騒がしくなってきたな」


 アイテムボックスに入っていたクッキーを頬張りながら、暢気に次なるメモリークリスタルを探して彷徨っていた。


「どれだけ騒がしかろうが、俺には関係ないか」




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