第297話 闇堕ち勇者
「おいおいおい! 本当に天使みたいじゃないか! これは、いいなぁ……。興奮が抑えられねぇや」
恍惚とした表情で息を荒げ、下卑た笑みを浮かべる天馬。
あまりの醜悪さにその場にいた天使だけでなく、妖怪たちも顔を顰めるほど。
その表情の変化を気にすることなく天馬はさらに続ける。
「姿はかなり変わっちゃいるが、お前の美しさが損なわれているわけじゃないな。たまらねぇなぁ……最高じゃねぇか……それに、お前と同等の女が二人もいる。あぁ……全部俺の物だ!」
欲望に塗れたその姿に、勇者の面影は一切感じられなかった。
これが、神の意志で召喚された勇者だと言うのか。疑問が尽きない。
「しかも! 記憶がないというじゃないか! 素晴らしいな! 憎たらしい奴の記憶の一切が無いってことは、完全に俺の物となるってことだ! ヤバイ……興奮が収まらねぇ。思わずイってしまうそうだぁ……」
気味の悪い声で笑う元勇者。
魔族の部下たちでさえ、ドン引きしているように感じてしまう。
「……気持ち悪い男ですね。これが本当に勇者に選ばれた人間だというのですか」
「聖剣を所持しているから間違いないのだろうな。間違いであってほしいが……そもそも、あれを聖剣と呼ぶのもおこがましいだろうに」
「待って待って待って! 鳥肌が……私、あれと関わりたくもないんだけど……」
見るに堪えないほど醜悪な人間。
欲望に呑み込まれた人間とは、これほど醜い物へと変貌してしまう。
◇◇◇
綺羅阪天馬は、この世界に来てから欲望に忠実に生きてきた。
それもそのはず、〝勇者〟とはまさしく世界を救う者のこと。存在するだけで全てを与えられ何もかもが許される。
地位も名誉も財産も女も、全てほしいまま与えられる。
日本で生きている時は、そうではなかった。
多少人から評価されようが、全てが許されるわけではない。
我欲が強かった天馬は、日本での生活で日々我慢を強いられてように感じていた。
しかし、この世界はその枷は取り払われた。故に彼はやりたい放題。
望むもの全てが際限なく与えられる。だが、どれだけ好きなように生きていても、彼の心が満たされることはなかった。
一番欲してやまない物が手に入らなかったのだ。
江瑠間美香。
自分の知るの中で最も美しく気高い女。
彼女を手に入れるため、彼は美香の隣に立つことを望んだ。
しかし、美香の隣はすでに埋まっていた。
阿玖仁煉という男が、彼の望む物をすでに手にしていたのだ。
天馬に比べ、特に目立つことはなくとても普通の少年。
自分のことを特別だと思っていた天馬は、当たり前のように美香の隣にいる煉のことが憎くて憎くてたまらなかった。
そして、力を手にした天馬は煉を排除することに成功した。
ようやく、彼は一番求めていたものを手に入れることができると確信した。
――だが、美香は天馬を拒絶した。
当然だった。美香からすれば煉以外の全ての人間に等しく価値などなかった。
だが、天馬はそんな事情を知らない。
特別な人間である自分が、勇者に選ばれた自分が、ただ一人の女に拒絶されるなんて意味が分からなかった。初めての衝撃にただ呆然とするほかなかった。
煉を排除すると、美香はそれを追いかけるように姿を消した。
欲しい物も手に入らず、満たされぬまま女を喰い散らかし賞賛を受け続ける日々。
心が満たされることなく欲は膨れ上がり続ける。
溜まりに溜まった欲望は闇に変質し、徐々に天馬の心を喰らう。
闇が天馬の心を覆い尽くした時――勇者は闇へと堕ちた。
闇堕ちした勇者の聖剣は黒く濁り、光は失われる。
そして、人類を救うはずの勇者は、人類の敵となった……。
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