第296話 祭壇前の対峙

 ――海底祭壇。


 かつて神によって沈められた都市の名残。神の怒りを鎮めるため多くの人々がその祭壇へ祈りを捧げていた。

 というのは建前だった。神の怒りで沈められた都市、ということにすれば神の目を欺けるのではないか、と考えた龍が噂を広めたのが事実だった。

 祭壇は、この地を訪れた大賢者が、長きにわたり結晶を守り続けた龍へ敬意を込めた作り上げたものだ。

 特に正式な名称などない。海底にあるということで都合よくそう名付けていただけだった。


「他にも、海神の祭壇や海龍の祭壇なんて呼ばれてもいる。結局この地に訪れる者はいなかった故、案外と適当なんだ」

「神の怒りによって沈められた都市、と言うのも嘘なんですね。人間たちはこの地のことをそう認識していましたし、神も同様にそう認識していたと思いますが……」

「奴らとしては、その認識の方が都合が良いのだろう。自分たちの威光を重視するからな。自分の手柄でなくとも、人々が神の手によって裁かれたと認識しているのならそれでいいのだ」

「自分の名声を大事にするなど、まるで人間のようですね」

「確かにそうかもしれないわね。彼らが神と呼ばれるようになった経緯なんて誰も知らない。神の姿なんて誰も知らないんだし、言ったもん勝ちみたいなとこあるわね」


 ガブリエルの言う通り、事実を知る者はいない。故に、今を生きる人々は神を疑うことはない。

 ステータスカードによってスキルやジョブを与え、生きる力を与えられ、神として天上世界に君臨している。それだけで神と認識するには十分だった。


 だからこそ、神は反乱分子の存在を許さない。

 例えば、それは魔族。

 魔族とは神とは別の存在の恩恵を受けた者のこと。典型的なものとして〝魔王〟が挙げられる。

 そして魔王は世界を侵略するため、神の存在を消し去り世界の頂点に君臨しようと画策している。神にとって最大の反乱分子である。

 七神教の聖書にもそう記され、子供たちは魔族の存在を寝物語として親に聞かされて育つ。

 絶対的な正義の神とそれに抗う悪の存在である魔王。それが世界の常識だった。


「しかし、魔族が表立って動いているなんて話は聞きません。確かに神を邪魔な存在だと思っているでしょうし、世界の侵略を企てているのかもしれない。ですが、これまで魔族の侵攻があったことはないはずですが」

「そう。かつて最も神を追い詰めたのは〝叛逆者〟と呼ばれる七人の戦士たちだ。彼らは決して魔族ではない。しかし、彼らの力の根幹は『大罪の悪魔』、七神教の崇める七柱の神と対を為す、魔族が信仰する七柱の悪魔神。つまり魔族にとって〝叛逆者〟とは御輿となり得る存在なのだ。かつても彼らが戦っていたから侵攻し、『神魔大戦』なる大決戦が起きた」


 歴史上最も大きな戦、神魔大戦。

 神が滅ぼされる寸前まで追い詰められた忌まわしき大戦だ。

 今では、魔王と神による大戦として語られ、多くの被害を出しつつも神の華々しい勝利として語り継がれている。

 だが、実際は敗北寸前だったらしい。それに最も関わっていたのが七人の人間たち。

 実際、大戦の終結理由は不明で、彼らの存在も謎に包まれている。

 しかし、今この世界にはその力を継承した人間たちがいる。煉もそのうちの一人だ。

 かつての戦の影響か、神は彼らの力を警戒している。

 だからこそ、熾天使を派遣し煉を排除しようとした。どれも失敗に終わったが。

 ここから推測するに、魔族の目的は……。


「天使である私たちの排除、レン・アグニの身柄の確保、というところでしょうか?」

「可能性は高いな。まあ、真実は彼らに聞くとしよう」


 祭壇前の大広間が徐々に騒がしさを増していく。

 魔法による爆発音や鍔ぜり合う剣戟、ラミエルの下僕である妖怪たちが大広間になだれ込んできた。

 それを追いかけるように魔族の軍勢が押し寄せる。数は二百程だろう。

 その魔族たちの間を割って、一人の黒髪の少年が前に出てきた。

 厭らしい笑みを浮かべ、欲望に塗れた視線をミカエルへと向ける。

 その姿に既視感を覚えたミカエルは、不快なものを見るかのような視線を返す。

 少年は黒い光を纏う剥き出しの聖剣を突き付けた。


「よお、美香ぁ。お迎えだぜぇ。大人しく俺と来いよ」


 少年の名は、

 かつて煉や美香と共に神によって召喚され、欲に呑まれ闇に落ちた元勇者だった。





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