第295話 失態

「……まさか、あれがこのような場所に置いてあるとは」


 ラミエルが心底驚いた様子で呟く。

 百目の映し出した映像には、巨大な水晶を守るように横たわる龍の遺骨と、おそらく背中を預けるように座っていただろう人型の骨。そして、そんな二つの遺体に手を合わせる煉の背中。

 少し覗けた煉の横顔には、一筋の涙が流れている。


「映像越しでも、とてつもない迫力を感じます。名のある龍種だったのでしょうか」

「その龍が大事そうに抱えてる結晶からもかなりの魔力が溢れてるわ。数時間前に見たものとは比べ物にならないわね。あれもメモリークリスタルなの?」

「……いや、あれはオリジナルだ。メモリークリスタル。別名――記憶収奪結晶。優秀な天使を生み出すため、我らの仇敵である神が作り出した魔道具だ」

「!? それって……」

「ああ。我らの記憶を奪ったものと全く同じものだ。以前目にしたものは、あれを元に複製した劣化版なのだろう。神が制作した魔道具の中でも最高傑作の逸品。我らに使用されているものもあれと同様のものだろう」


 まさか、自分の崇めていた存在が、人から記憶を奪う魔道具を作成していたなんて。

 衝撃の事実に、ミカエルは言葉を失う。


「そのようなものが、なぜあそこに……」

「記憶収奪結晶は、強力な効果の代償故、一つの結晶に対象は一人。その上、かなり大きくなってしまい、安易に移動させることもできないそうだ。そのため、常に同じ場所へ置かれている。

 数百年程前の話だが、かつて気まぐれに神の社へと侵入を果たした龍種がいた。その龍は神の隠し持っていた宝を奪い逃走を図るも、三柱の神によって瀕死の重傷負ったが逃げおおせたそうだ。その際、宝に紛れ記憶収奪結晶も一つ盗まれてしまったと聞いた。神は慌てて逃げた龍の捜索をしたが、かの龍はついぞ見つからなかった」

「では、あの龍が逃げた先がこの地だったと」

「真実は定かではない。私も前任の熾天使から伝聞した話だからな。だが、あの龍の遺骨と記憶収奪結晶を見れば、一目瞭然だ。かの龍は神から逃亡を果たし、この美しい海の底で息絶えたのだろう。自分の盗み出した宝を守ってな」


 おそらくだが、かの龍についての記録は一切残っていないだろう。

 神聖なる社へ侵入された挙句、宝を盗まれた上逃がしたなど、失態以外の何物でもない。

 そんな神の失態を残しておくはずもなく、世界の歴史から名のある龍の名前は消え去った。

 しかし、この結末には目を背けられない事実があった。

 かの龍は世界の支配者たる神に一矢報いたのだ。ただの気まぐれかもしれないが、その行動の結果、神の顔に泥を付けたのである。

 つまり、神が万能ではないことの証明がされた。

 この事実は、彼女らの意思をより強固なものにさせる。


「神は万能ではない。この事実が、私たちの計画の大きな一助となる。あとは、あの少年の協力を取り付けることだが――」


 何とかして、煉を自分たちの仲間に引き込もうと考えていたその時、大きな揺れに襲われた。

 単なる地震とは考えられない。そこは大結界により世界から隔絶された地だ。

 故に、何らかの影響で死界全体に激震が走ったということになる。


「何事だ!? ユキヒメ、状況を報告しろ!」


 ラミエルが声を上げると、彼女らのすぐ側に真っ白で儚げな着物美女が膝をついて現れた。

 煉らを階段から落とした時に姿を見せた美女だった。


『大結界の一部に穴。侵入者多数。推定――魔族軍』

「魔族だと!? なぜ奴らがここに!? いや、それよりも大結界に穴なぞどうやって!」

『魔族の要望、蒼髪の天使の身柄。統率者、黒髪の少年。闇聖剣所持者』

「……私を追ってここまで。なぜそこまで私を……?」

「闇聖剣か……つまり、統率者の少年とやらは堕ちた勇者というわけか。この地に侵入を果たすとは、油断していた。妖怪部隊よ! 奴らの誘導に尽力せよ! 決戦場は海底祭壇だ!」

「了」


 そうして煉のあずかり知らぬところで、魔族と天使、二つの勢力の争いが始まった。








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