第290話 ボロボロの吊り橋
「――見えた。橋だ」
「やっとか……って、大丈夫かあれ!? ボロボロじゃねぇか!」
水流から逃げる煉たちの前に見えたのは、今にも落ちてしまいそうな縄と木板で出来たボロボロの吊り橋。
どうやら別の洞窟と繋がっているようで、橋の向こうの壁は翡翠色の光を帯びている。
橋の長さは約二十メートルほど。それほど距離はないが、橋の下は底の見えない深い海。橋から海に落下するまでにおよそ百メートル以上はあるだろう高さ。
海に落ちるだけで最悪命を失う可能性すらある。
それを目の前にあるボロボロの吊り橋で渡らなければならない。
正直なところ、心の準備をしたいはずだが、そんな余裕はなかった。
立ち止まれば迫りくる激流に呑まれ、過たず海へと落下していくことになるだろう。
この状況で、三人に選択肢は与えられていなかった。
「……ほかに道はない。覚悟を決めよう」
「実は俺……高所恐怖症なんだが……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですから! さっさと渡りますよ!」
グラグラと揺れる不安定な足場。たった二十メートルかそこらなのに、より遠く感じる。
先頭を走る煉が対岸に移ろうとした瞬間、後方の水流が橋へと到達した。
その影響で、今にも千切れそうになっていた縄が切れ、橋が崩落を始めた。
「まずいまずいまずい!」
「アイトさん、急いで! 橋が」
「わかってる! とうっ!」
アイトが腰に提げた棒状の魔道具を叩くと、棒の先端からジェットのような炎が噴き出し、アイトの体を宙に浮かせた。
アイトは橋の半ばから飛び上がり、煉の頭上を越え対岸に不時着。
顔面から落下したアイトだが、幸い顔を強打しただけで大した怪我を負うことなく、全員無事に橋を渡り切ることに成功した。
「ど、どうだ……。新作の『棒ジェット』は……」
「名前以外は良いと思いますよ。使い方次第ですね」
「は、ははは……確かに、名前はもう少し考えた方が……」
「……揃いも揃って俺のネーミングセンスを馬鹿にしやがって……」
悔し気に呻くアイトを見て、二人が笑う。
そんな三人の様子を、百目の一部がしっかりと目に焼き付けていたのだった。
◇◇◇
「ほう。あれから逃げ切れるか。中々やるではないか」
「自業自得ではないですか? 場所の特徴を考えれば、あの出力の魔法を放出したりなどしません」
「失敗した!って顔してたし、わざとではないと思うわ。それにしても、あの顔面白かったわね」
煉たちの様子を見ていた三人の天使は、それぞれ感想を口にする。
まるでテレビでも見ているかのように、酒とつまみを手に楽しんでいた。
「そう言えば、お前ら何かに追われていたが。奴らはなんなんだ?」
「私たちが聞きたいですね。悪魔を召喚し、我ら天使を狙っていたようですが、目的までは分かりません」
「結局、あなたのとこの子が始末しちゃったから何も聞き出せないし。ここまでは追ってきていないみたいだから、気にしなくてもいいんじゃないかしら」
「しかし、あの数の悪魔を召喚するなど尋常ではないぞ。そしてお前らを執拗に追い回していたことも加えると……魔族の将であるのは間違いないだろうな。だが、なぜ今になって動き出したかわからん。神の打倒という点では同じ理想を掲げる者かもしれないが、最終的に目指す結末は違う。奴らの目的は世界の侵略だ。神を滅ぼし自らが頂点に立とうとする。奴らとは相容れない」
「いずれ分かることです。今は彼らの観察に専念しましょう」
魔族の目的について考えるのは止め、天使たちは視点を煉たちに戻した。
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