第287話 幸せな記憶

 目玉を追いかけて辿り着いた場所は、これまでと同じ場所とは思えない程、景色が一変した。

 岩壁に囲まれた狭い洞窟から、天井、壁、床全てが血のような赤い鉱石で出来た広い空間。中心には人と同じ大きさの深紅の結晶が安置されていた。


「……明らかにあの真ん中のやつだけ異様だな」

「ですね。奇妙な魔力も感じられます。何かしらの魔法がかけられているかもしれません」

「近くに行きたいのは山々だが……どうやってあそこまで行こうかねぇ」


 結晶が置かれている場所は、鉱石の影響で紅く染まった海を超えなければならない。

 この広い空間の中で、中心の結晶だけが孤立している状態だった。

 そこへ向かおうにも、およそ三十メートルほど渡らなければならない。しかし、橋などはなく、簡単に渡れる方法はなかった。


「泳ぐか?」

「いえ、やめた方が良いですね。この空間の至る所に魔力を感じられます。魔法による罠が仕掛けられているみたいです」

「罠かぁ……至る所にってことは、上もか?」


 アイトの問いに、イバラは実践してみせることで証明した。

 小さな氷の鳥を魔法で生み出し、結晶に向かって飛ばした。

 すると、羽ばたく氷鳥を周囲の鉱石から放たれた光が容赦なく貫いた。

 一瞬にして粉々にされた氷鳥を見て、アイトは唖然とする。


「……やべぇな」

「上から行くとこうなるわけです。海からは……何があるかわかりません」

「つまり、罠を解除しないことにはあそこに辿り着けないってわけだな。それなら解除する方法を見つけるか」

「先ほどの目玉が教えてくれればよかったのですが、いつの間にかいなくなってますし、自力で見つけるしかありませんね」


 そう言って、イバラとアイトが罠を解除しようと周囲を探索し始めると、煉は何の迷いもなく中心に向かって歩いていく。


「ちょ、れ、レン!?」

「レンさんっ! 危ないですよ!」


 二人の制止も聞かず、煉は止まらない。

 そして煉が海へ一歩踏み出すと、見えない橋のようなものが足場となり、煉は海の上をゆっくりと進んでいく。


「え……い、一体何が……?」


 呆然と煉の背中を見つめるイバラの横で、アイトは煉と同じように海に足を踏み入れた。

 しかし、煉のような足場が生まれることはなく、当たり前のように足は海に浸かる。


「どうして煉さんだけが……」


 一人にだけ立ち入ることを許されたその場所。

 中心に佇む結晶は、ある記憶を保存した〝メモリークリスタル〟だった。

 二人と煉の違い。それは記憶の有無。「絶海の楽園都市」の門を通る際に奪われた煉の記憶がそこにはある。

 煉はそれを本能的に感じ取り、自分だけがそこに辿り着けると思った。

 結晶の下へ着いた煉が触れると、煉の脳裏にとある記憶が戻ってくる。


「これが、俺の記憶……?」


 戻ってきた記憶は幼き頃のもの。

 相変わらず父の姿はないが、母からの暴力はな幸せに暮らしていた時の思い出。

 煉も母もお互い笑顔を浮かべ笑い合っていた。それはありふれたもので、それでいて美しい家族の光景。 

 いつしか煉が大きくなるにつれ、母は精神的に病み、煉に対して暴力を振るうようになり、煉を傷つけることが絶えなかった。ただ母が変わった理由を煉は知らない。

 まだ完全には記憶はまだ戻らず、今はただ幸せな日々の記憶を取り戻し、人知れず涙を浮かべていた。


「そうか……このクリスタルを見つければ、俺の記憶が戻るんだな。なぜ俺の記憶を奪ったのか。何がしたいか分からないが、全部見つけてやるさ。必ずな」




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