第286話 揺り動かされた記憶

「――ん?」


 何かを感じ取ったアイトは、突然立ち止まり後ろを振り返った。

 しかし、後ろには何もない。


「急に立ち止まらないでください。一体どうしたんですか?」

「いや、誰かに呼ばれたような気がして……」

「こんなところで誰がアイトさんを呼ぶんですか。気のせいですよ。ほら、早く行きましょう。レンさんがどんどん進んでしまいますから」

「……最近、イバラちゃんが辛辣すぎる……」


 アイトは、イバラの冷たい扱いに肩を落とし項垂れる。

 そんなアイトを無視し、イバラは一人で勝手に進んでいく煉の下へ向かった。

 あながちアイトが感じ取ったものは間違いではなかったのだが、誰も気づくことはなかった。


「それにしても、どこに繋がってんだここは。一向に景色は変わらないが」

「森の時もそうでしたけど、何か手がかりを見つけないと永遠に彷徨う迷路のような場所ですからね。死界というものは」

「手がかりって言っていいのかわからないけど、そこに浮いているよ」


 ふいに煉が宙を指さす。

 煉の指さした場所には、小さな目玉のようなものが浮いていた。


「うわっ! なんだよこれ」

「目玉……以外には見えないですね。これの何が手掛かりなのでしょうか?」

「妖怪にこういうのいた気がする。目玉だから、俺たちの監視でもしてるんじゃないか」

「誰かが俺たちを見張ってるって言うのか? 何のために?」

「それは知らないけど。どうせなら、案内とかしてくれないかと思って」

「そうしてくれると助かりますねぇ……どこに行くか分からないですけど」


 イバラの言葉に二人は頷き、じっと宙に浮かぶ目玉を見続けた。

 それぞれの視線が交錯し、何とも言えない空気が流れる。

 奇妙なことに最初に目を逸らしたのは目玉だった。


「……なんか、恥ずかしそうに目を逸らしたな」

「感情があるのですかね。若干赤くなってる気がします」

「お、どっか行こうとしてるな」


 目玉は煉たちの監視を忘れ、ひとりでに飛んで行ってしまった。

 その後を追い、煉たちは細い通路を進んでいく。



 ◇◇◇



「……百目の奴め。何をしておるんだ」


 ラミエルが呆れたように呟く。

 しかし、そんな声も気にならない程、ガブリエルの様子がおかしい。

 映像を見た瞬間、何かを呟いたかと思うと、途端に顔色が悪くなった。


「ガブリエル、どうかしたのですか?」

「な、何でもないわ。ちょっと、不思議な経験をしただけ。どうしてかしら……知らないのに、彼を見ると胸が苦しくなって……」


 それはいつか私も経験した記憶がある。

 世界中の知識が集まるといわれる都市。そこで初めて彼と相対した時に感じたものだ。

 私は彼を知らないのに、なぜか無性に胸が苦しく締め付けられるような痛みを感じた。

 未だ、その苦しさの答えを得られずにいる。

 ガブリエルの気持ちはわかるが、私にはどうすることもできない。


「ふむ。それは、あの男がガブリエルの記憶と関わりのある人物なのではないか?」

「私の、記憶……?」

「天使になる前の、な。お前が人間であった時の記憶だ。神によって封印されてはいるが、その記憶が強く訴えているのだろう。よっぽど大事な男だったようだな」


 天使になる前、人間としての記憶の中で、ガブリエルはあの金髪の男性と知り合っていたということ。それも、もしかするとかなり深い関係にあるのかもしれない。

 だからこそ、封印されているにも関わらず記憶が揺り動かされ、自分の心を締め上げているのだろう。

 それが正しいのなら、私にとって彼は……。


「まあ何にせよ、その答えはいずれ分かるだろう。神を滅した時にな」




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