第284話 海底の谷

「本当にこんな場所にラミエルがいるというのですか?」


 ガブリエルに先導され、私たちが辿り着いた場所は海底。

 海の中だというのに呼吸ができる不思議な空間。そして幻想的な光景だった。

 上を見上げれば、疑似太陽に照らされた海の中を泳ぐ色とりどりの魚たち。

 無意識にホッと息を吐いてしまうような、そんな光景に目を奪われる。

 それとは対照的に、足元には小さな谷間。

 底の見える数十メートルほどの谷間からは奇妙な魔力が漂ってくる。

 どことなく、それが自分たちに近しいものだとわかった。


「もちろん。この谷の底を見なよ。小さな小屋があるのがわかるかしら? あそこはラミエルの研究所。神を滅ぼすための魔法をずっと作り続けているらしいわ」

「神を、滅ぼす……」


 以前の私であれば、「何と不遜なことを」と思い、神に対する不敬であると捉え、何も考えることなく裁きを下していただろう。

 ただ今は……。


「神を滅ぼすとは、どういった意味なのでしょうか?」

「さあ。それは私にもわからない。完成しているかも知らないし、本当に神を滅ぼすことができるのかどうかすら。それでも、ラミエルは追放されてからずっとここで神を滅ぼすことだけを考えていた。それが生きる意味であるかのように」

「……あなたの口ぶりでは、何度もここへ足を運んでいるように聞こえるのですが」


 前から不思議に思っていた。

 追放された天使の居場所をなぜ知っているのか。その天使がどこで何をしているのかさえ分かっているガブリエルは、どこからその情報を集めるのか。

 彼女は私の知らないことを多く知っている。彼女の情報網は計り知れない。


「まあね。ラミエルとはそれなりに仲良くしていたから。それと、私の情報網については……まあ、協力者がいるってことだけは教えてあげる」

「協力者、ですか……」


 その協力者とは、おそらく天使ではなく人間、もしくはそれに類する者。

 熾天使に情報を送る人間とは一体……。

 ガブリエルの協力者について考えていると、谷の底から黄色く光る何かが飛来してきた。

 咄嗟に警戒し、天使になる前からずっと持っていたという愛槍を構えた。


『そう警戒しなくても大丈夫だから、くっちゃべってないでとっとと下りてきな。ガブリエルから話は聞いてるよ。神に疑問を抱いているそうじゃないか。それは僥倖。是非ともあんたの考えを聞かせておくれ』


 黄色い光から溌剌とした声が聞こえた。

 もしかして、これがラミエルなのだろうか。


「ほら、行こうか。あの子は意外と短気だから、待たせると怒られてしまうわ」


 ガブリエルが谷底に向かって飛んだ。

 私もその後を追い、翼を広げ飛び出した。

 下に落ちていく途中に見かけた、妖怪のような何かについては、気にしないことにした。




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